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魔王に抱かれた私――優美香

魔王に抱かれた私……58

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58、潮の行方・1

 エレーナの眼前、額を地に着けたカインがいる。彼は女王に告白を続けていた。
「あの日、わたしとエーベルはルーンケルンの最南端にいました。海に散らばる諸島のうち、この大陸から一番離れたところです」
「そこに……わたしの曽祖父もいたのですね」
 彼はエレーナの問いに地に額をつけたまま、声を詰まらせる。
「……わたしが国中の呪術師を扇動して人心を翻弄し、曽祖父さまの失脚を企てました」

 ・・・

 当時のルーンケルンは、貧しいながらも平和そのものの国だった。東西の大陸との行き来もあまりなく、人々は素朴に日々の暮らしを過ごしていた国だったのだ。
 そこに魔王は目をつけた。四方を海に囲まれた海洋国家を上手く使えば、新天地として未来永劫に栄えさせることができる。既に東の大陸を手中に収めた魔王に、迷いはなかった。
 ルーンケルンを取り囲む海は、天然の城壁になる。外敵の脅威は受けにくい。それだけでも十分な価値があった。
 それ以上にカインには、なぜかルーンケルンには心が傾いていた。地図を見るたびに、いつも不思議な衝動にかられていた。一刻も早く、あの大地や海を手に入れなければならない。あの地を踏めば、大きくなにかが開けそうな気がする、と。
 側近でもあるエーベル以外には、心を悟られぬよう綿密な準備を重ねた。東西から呪術師を集結させ、人心を扇動させるように。
 そして遂にルーンケルン大陸の国民が皆、国王に背くことに成功させた。細々と交易をしていた東西の王室も魔王によって潰えている。
 誰ひとりとして、ルーンケルン王族の味方になる人間はいないと思われていた。言うなれば袋の鼠だ。
 機は熟した。
 そう考えたカインは水晶玉を覗き込み、うっすらと口元を緩める。
「ほう、なんとか自力で島にたどり着いたと見える」
 国王家族は高台の宮殿から暗殺者の追っ手を逃れ、命からがら諸島最南端に着いていた。大きな風が吹けば、あっけなく転覆してしまいそうな漁船が岸辺に泊まっている。
 水晶玉は長く白い砂浜を映していく。腰布だけを巻きつけた背の高い痩せた男が、後ろに続く女を気遣いながら歩む。今にも折れそうな細い背中の女は、両手になにかを抱いているようにも見えた。
 エーベルがカインと玉を見比べ、含み笑いを交わした。
「こんな面倒なことをしなくても、すぐに殺そうと思えば殺せるのに。あなたは残酷ですね」
「命乞いをする人間の姿を見るのが興味深いよ。追い詰めれば追い詰めるほど、彼らの本性が現れる」
「本性、ねえ」
 カインは目を細め、底意地の悪い笑みを浮かべた友を見る。|生々世々《しょうじょうよよ》、自分と共にあらゆる快楽を貪り尽くしてきた男だ。互いの考えは手に取るようにわかる。
「そろそろ『あの男』も出て来る頃だと思いますよ? ほら、あの船の後ろ、誰も乗っていない幽霊船が流れ着いている」
 エーベルが愉快そうに水晶玉の中を指差した。カインが眉をひそめて海辺を見ると、確かに国王たちが乗ってきた漁船と同じような船が打ち上げられている。
「人間のくせに、やたら意志だけは固い『戦士』だったか。まさか、本当に亡霊になどなっていないだろうな」
 エーベルが目を細める。
「船底に隠れていたりするかもしれませんよ」
「まさか」
 彼もまた、戦士など歯牙にもかけぬと思っていた。
「馬鹿馬鹿しい、なにが戦士だ。国王もろとも潰してやるわ」
 カインは吐き捨てるように言い残し、エーベルに目線を流して消える。残された友は後を追った。

 二人は空の上から、砂浜を歩く国王親子を見ている。女王は白い布にくるんだ赤子を抱いていた。
 いつしか国王親子の周りには、老いた島民たちが集まってきている。彼らの身なりは貧しかったが、一人ひとりが優しく国王と妻をいたわっていた。
 島民たちが王のために用意しているらしい住居の方角へと、皆が移動しはじめてからまもなく。カインとエーベルは、皆の前に音もなく現れる。
 カインは腰の剣を抜き、民の集団の中にいる国王を見据えた。
「ルーンケルン国王だな?」
 国王は茶色の瞳を大きく見開く。
「おまえは……まさか?」
「そう、その『まさか』だよ。おまえが待ち焦がれていた魔王だ」
 カインが言った途端、島民たちは青ざめて悲鳴を上げた。逃げようとするが、集団の後方にはエーベルが剣を構えている。
 国王は叫んだ。
「民には、なんの罪もないではないか!」
 エーベルが鼻を鳴らした。
「おまえの巻き添えになって死ぬんだよ、さっさと我々に国を渡さなかった罰だ」
 ひとりの男が猛然とエーベルに喰ってかかる。
「陛下を騙してきたのは、おまえらなんだな!」
 彼は物も言わずに、その男の体の横から斬りつける。悲鳴を上げる間もなく、男は地に倒れた。
 恐怖に怯える一行に、魔王の冷たい声が聞こえる。
「歯向かう者は、こうなるんだ。死にたくなければ王に願えよ。ルーンケルンを、魔族の物にしてくれとな」
 国王が島民たちを押しのけ、カインを憤怒の形相で睨みつけた。
「わたしの民を貶めた罪は許さぬ!」
 地を踏みしめたカインは国王を眺め、せせら笑う。
「清廉潔白だけで、のうのうと生きてこれたのが幸運だったということだ。些細な悪意さえも見抜けない性分と、己の運命を恨むがいい」
 ぐっと怒りをこらえた国王の、茶色い髪が風になびく。その時、赤子が火のついたように泣き出した。国王がちら、と背後に意識だけを移した時だ。
「喰らえ!」
 虚を突いたカインが駆け抜けた。次の瞬間、国王の首が飛ぶ。辺りには血しぶきが飛び散った。遺された島民と女王が叫び、逃げ出していく。
 だが、エーベルは剣の刃先を女王の額へと、ぴたりと据えた。彼女は胸の赤子を抱きしめる。エーベルが、こちらにやってきたカインに身を譲る。
 カインが女王と赤子を見下ろす。
「我らの慰み者になれば、お前も赤子も助けてやろう」
「夫と共に殺すがいい!」
 彼は腰を屈め、女王の顎をつかんだ。
「いい度胸だ。赤子と一緒に夫の元へ送ってやる」
 カインがそう言い、女王の胸に抱かれた赤子を見た。まぶしそうに彼を見つめ、目を細めていた赤子が突然に笑いかけて片手を伸ばす。
 魔王の時間が止まった。
 ――この子は!
 ほんのわずかな間に、彼の流転の魂の記憶が開く。今までにたった一人、自分を怖がらずに無条件に笑いかけてくれた人がいた。ほのかに灯った、温かくて照れくさい気持ちを味あわせてくれた人がいた。
 たった一人「どんな災いもはね返す強い子になるように」と、他者を護る術がないのにもかかわらず心から祈った人がいた。
 エーベルがカインの異変に気づく。振り向いた彼は魔王と赤子を見て、すぐに悟った。
「おまえが、まさか。こんな形で」
 それきり絶句した魔王の隣、なにかが風を切る音がした。一拍置いて、エーベルの呻く声がする。カインは顔を上げた。
 そこには呆然とした友が、右胸から長く突き出た血に濡れた矢のシャフトを見ている。
「なっ……!」
 反対側を見ると浜辺を背にした戦士がいた。彼は素早く背中から矢を取り、こちらに向けて弓を引き絞っている。
 仁王立ちのエーベルは忌々しそうに戦士を睨む。彼は背中に手を回し、矢羽根からそれを引き抜こうとした。しかし、次の矢が彼の喉笛を貫いていく。
「エーベル!」
 カインが叫んで女王を突き飛ばし、大きく手を振り上げた。魔王の手にはクロスボウが握られる。
 勢い良く突き飛ばされた彼女の腕から、赤子が白い砂の上に放り出される。カインは女王に思わず叫ぶ。
「伏せろ!」
 力尽きて倒れるエーベルの胸板が、立ち上がろうとした女王の背中を押し潰す。前方を見れば、戦士がじりじりと間を詰めていた。
「おのれ……!」
 魔王の視界に、赤子が女王にすがりつこうとしている姿が見える。彼は赤子を守るように、大きく一歩後ろに下がる。
 カインは相手に向かって叫んだ。
「女子供を、ここから逃がしてからだ! 我々の対決に邪魔な者は要らぬ!」
 近寄る戦士が、高らかに笑う声が大地に響く。
「なにを今さら善人ぶってやがる! その女子供も今まで殺してきた貴様が!」
 カインは戦士の言葉に驚き、彼を凝視する。魔王の頭の中では、様々な感情が目まぐるしく回っていた。

 善人……?
 ああ、そうか。あの戦士のように他者を守り、命を捨てることも惜しまぬことを善と呼ぶのか。

 もうこれで、わたしも尽きるのだろう。わたし自身の、この子にかけていた祈りによって。

 今度こそ、わたしは生まれ変わりたい。今度こそ。

 なぜかカインの目から熱いものが、はらはらとこぼれ落ちる。訳もわからぬうち、彼は片手でエーベルの体と赤子を抱き寄せていた。
 背後では戦士が剣を抜く音がする。
「次に生まれてくる時は、本当の善人になりたい。善人になった姿で、おまえたちとふたたび、めぐり逢いたい」
 ――どんな災いにも負けない、強い子になりますように――

「善人になりたいなどと、笑わせるな!」
 つぶやいた魔王の背中を、戦士が深々と切り裂いていく。

 ・・・

 山の高台に朝陽が昇りはじめている。瞼を開けたカインは、触れている地面の温度が変わっていたことに気づく。
 目の前にはエレーナの白く細い足首があった。彼の耳に、女王の小さな声がする。
「顔を上げてください、カイン」
 カインは唇を結び、顔を上げた。エレーナが目に涙をいっぱい溜めて、こちらを見ている。彼は両膝を着いたまま後ずさった。
「わたしは奪った赤子が亡くなった時に、心に穴が開きました。はじめて感じた悲しみでした。人の気持ちが理解できたと思ったのも束の間、魔王として世界に君臨することを繰り返していただけの男です。あなたの曽祖父さまを討った時、あの時の赤子がすぐそばにいることに気がつかなければ、今生も同じ過ちを繰り返していたでしょう」
 エレーナ女王がカインに大きくかぶりを振って、いざり寄る。
「……ずっと前から、カインはわたしの側にいてくれています」
 彼は深くうなだれた。
「デメテール陛下に目通りして今のあなたにお会いした時に、魔王が覚醒したのです。今でも覚えています。陛下に『チャンスをくださいまして、ありがとうございます』と申し上げたことを」
「チャンス……?」
「そう。わたしは善人になりたかった。使える力をすべて封印して、普通の男としてあなたをお守りしたかった。今度こそ、生まれ変わりたいと願ったんです。自ら立てた誓いを大きく破った戴冠式の日から、そんなことを願う資格を失ったのかもしれません」
 カインが力なく立ち上がり、エレーナに背中を向けた。
「虫がいいことは承知しています。わたしとエーベルが、あなたの曽祖父さまを陥れてルーンケルン王族の血脈を根絶やしにしようと企んだ。なによりも、その遥か前に……ご両親を殺め、あなたを兄から引き剥がした。わたしが攫ってしまわなければ、わたしと出会ってしまわなければ、当時から天命を全うできる人生を送れていたのかもしれない。わたしの祈りが、それから先のあなたの輪廻を邪魔しなかったかもしれない。わたしこそ、あなたを裏切り続けてきた元凶なのだと思います。レフティがわたしを恨み続けても無理はない」
 彼は深く頭を垂れた。やがて背後から、あたたかくこちらを包み込む存在を感じる。彼女は、カインの背中に強く頬を押し当てた。
「……贖罪の気持ちだけでは、父やわたしの近くには居られなかったのではないですか?」
 振り向いた彼をエレーナが、涙をぽろぽろこぼして見上げていた。カインは俯き、掌を額に当てる。
「今でもわからないのです。なぜ、誰からも恐れられていた魔王に、あの赤子だけが笑いかけて懐いてくれたのか」
 彼女はまばたきをし、無理矢理に笑顔を作る。
「それも、わたしたちの必然なのかもしれません」
 二人は見つめ合い、それから静かに抱き合い続けた。


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