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魔王に抱かれた私――優美香

魔王に抱かれた私……45

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45、行かないで


 カインは書庫の奥を凝視していた。
 エレーナ女王の頬が火照っている。初めて男の唇を受け入れたことよりも、その相手がレフティだということが彼女の全身から力を奪う。
 レフティはそんな彼女の表情を、何度も扉のそばにいるカインに見せつけた。カインはもちろん、彼らの唇が重なり合い、舌が絡み合う音まで聴こえている。
 エーベルは上官の身を固くしている様子に気がつき、扉の内側を覗いた。彼もまた、信じたくない光景を目の当たりにして、言葉を漏らした。
「エレーナさま……?」
 カインの耳に、呆然とした部下の声が聴こえてくる。彼は無言で扉を閉めた。カインとエーベルの胸に、レフティの思念が手に取るように伝わっている。
 ――「あと一歩で、この女が手に入る。地位も、名誉も、なにもかも満たせる」
 そこにはカインが女王に対して持ち合わせている、思慕や庇護の情などは微塵もなかった。エーベルは血の気を失い、友を見る。
「カインさま、本当にこれでよろしいのですか」
 カインは唇を噛みしめ、俯いた。細かく指が震えている。なにか言わなければ、心が砕けてしまいそうなくらい傷ついているのが自分でもわかる。
 彼は顔を上げ、眩暈をふりほどきながらエーベルに言った。
「いったん、わたしの執務室に来ないか」
「そうしましょう」
 カインは一歩一歩と、廊下を踏みしめる足元が崩れそうだ。いつかは来ると思っていた「時」が、もうすぐそこまで来ている。
 エレーナがレフティに抱かれる夜が迫っている。カインとエーベルは重苦しい気分を引きずり、執務室へと向かう。
 一人の臣下が声をかけて来た。
「おかえりなさい。エレーナさまに、帰還の報告はお済みですか?」
 エーベルが深緑色の目を光らせ、こわばった頬をさする。
「いえ、まだお顔を合わせておりません。もしよろしければ、ご伝言願いたい」
 臣下は微笑みながら頷いた。エーベルとカインは彼に甘えることにして、頭を下げた。
「エレーナさまは多分、書庫におられると思います。エレーナさまと顔を合わせたらで結構です、カインさまの執務室にいるとお伝えください」
「かしこまりました」
 カインは、その若い臣下の目をまっすぐに見つめた。彼の眼差しには邪気がない。近頃の女王を本気で心配している様子が見てとれる。
「そういえば」
 カインが口を開いた。
「なんでしょう?」
「この頃、エレーナさまは特定の方以外とはお会いにならないと伺っておりますが」
 彼の言葉に臣下は眉をひそめたが、すぐにカインに打ち消すような笑みを浮かべた。
「いえ、カインさまとエーベルさまをお待ちしているとしか」
 カインは自分よりも少しだけ年下の臣下を、まぶしそうに眺める。彼の純朴さが言葉の端々から伝わってくるような気がした。
「そうですか。わかりました」
 カインとエーベルは彼に丁寧に礼をする。執務室に着き、二人が荷ほどきをしながら過ごしていた時だった。書庫の前で鉢合わせた侍女が扉を叩いた。
「カインさま、エーベルさま。エレーナさまがお呼びです、お部屋まで」

 女王はレフティの唇の感触を思い出していた。
 はじめてのキスの感触は、激しくて荒々しかったように思う。首筋から胸元まで這っていたレフティの舌と唇の、生々しい濡れた感触はとげとげしかった。
 彼に対して、心が裸になりきれていないのかもしれない。
「あれがわたしの憧れていたレフティの、素の姿なのかしら」
 エレーナは誰に教わらなくても、本能的に気がついていたのだ。唇を合わせ舌を絡めれば、相手と自分が合うか合わないか判別できることを。

 彼らが女王の私室に着いた時、扉の前にはレフティがいた。彼は顎を上げ、カインを見据えている。
「カイン」
 カインが少しだけ目線を下げて、レフティを見返す。
「すまない、そこをどいてくれないか」
 レフティは彼らを睨みつけながら鼻息を荒げ、エレーナの部屋の扉をノックした。
「エレーナさま、二人がやってまいりましたが」
「通してください」
 くぐもった女王の細い声がする。カインもエーベルも、久しぶりに聴いた懐かしい声だった。
 レフティは彼らをせせら笑うように、小声で「入れよ」と促す。エーベルがちらりとレフティを見ると、彼は唇を歪めた。
「貴様もか。汚らわしい」
 エーベルの眉が一瞬、吊り上がる。カインは部下を目で諌め、それから部屋のテーブルに着いているエレーナに視線を移した。
 エレーナは彼ら二人を、食い入るように見つめている。胸まである長い黒髪をほどき、血の気のない顔には薄化粧さえもしていない。
「二人とも、ここまで来て」
 レフティが嘲笑を残し、部屋の扉を閉める。
 広い部屋には、カインとエーベル、そしてエレーナの三人だけになった。
 エレーナは大きく息を吸った。カインたちは黙ってテーブルの前に立つ。
「あなたがた二人とも、わたしになにをしたの?」
 カインは語らず、首を横に振った。彼女は途端に目を見開く。抑えていた感情が爆発しそうだった。
「嘘!」
 エーベルが女王をなだめるように口を開く。
「わたしたちは、なにもエレーナさまに危害を加えてはおりません」
 彼女の見開いた目から涙が溢れ出した。
「き、危害? 少しもわたしが傷ついていないとでも思って? 少しも?」
 エレーナの声が激しく震え出す。カインは黙って彼女の顔を見ている。エレーナが幼い頃から一緒にいたのだ。彼女の性格は知り尽くしているつもりだった。
 彼は大きく息を吸った。
「わたしが船の上で言った言葉を覚えていらっしゃいますか?」
 エレーナは「ああ」とため息をつき、涙を拭いた。彼女は思う。やはり、あの夜の思い出が「真実」だったのだ。
「覚えています」
 俯いた彼女に、カインの静かな声が聴こえる。
「わたしは申し上げました。『わたしはあなたのためなら、どんなことでもいたします』と。あなたが傷つかないように、誰からも傷つけられないように」
 エレーナは顔を上げ、目の前の二人を見ながら首を振る。
「どれだけわたしが、あなたがたを心配していたのか。どれだけ傷ついていたのか、わかっているの?」
 部下二人の胸が、締めつけられるように痛む。エレーナは泣き声を震わせつつ、更に感情が激しくたかぶってきた。
 カインは女王の目から視線を外さずにいた。
「申し訳ございません」
 エレーナの心に様々な思いが交錯する。海の上でのカインとの穏やかな優しい会話の時間、あれが真実ならばエディット皇太子が式を挙げた時に味わった恐怖もまた、真実なのだ。
 彼女は立ち上がり、二人の男に向かって叫んだ。
「なにも知らないと思っていたのでしょう? お父さまの亡くなった時も、カインは一体、なにがしたかったの? ねえ!」
 カインは自分の指先が冷えてきたのを感じた。頭の底も痛み出してくる。エレーナは涙をぽろぽろこぼしながら、声の限りに叫んだ。
「本当は、あなたがなにかを施せば、お父さまは今も生きておられたのでしょう? カイン! な、なにか言ってください!」
 いつも自分を温かく見ていてくれた人。いつも安らぎをくれた人。変わらない優しさを降りそそいでくれた人、カインに答えてほしい。今すぐ。
 エレーナの瞳に映る彼は、甘えていられる揺るぎない存在であってほしかった男だった。しかし、カインは目に涙を浮かべ、じっとこちらを見ているだけだ。
 カインは言葉を探せなかった。
 こんなに感情をありのままにぶつけてくるエレーナを見たのは、はじめてだったからかもしれない。彼は何度かまばたきをしてから、ようやくの思いで口を開く。
「わたしとエーベルは身を挺して、あなたをお守りすると申し上げたはずです。願いは、それだけだ」
 エレーナは立ち上がり、つかつかとカインに歩み寄った。そして、彼の目の前で立ち止まり、ほっそりした右手で思いきり彼の頬を打つ。
 乾いた音が響いても、カインは微動だにしなかった。エレーナは彼に対して怒りと悲しみで一杯の目を向け、悲鳴のように叫んだ。
「心までは守ってくれなかったくせに! 出て行って!」
 エーベルが胸を押さえ、彼女を見る。
「わたしもカインさまにお供いたします」
「当たり前じゃないの!」

 違う、こんなことが言いたいんじゃない。違うの。なにを言ったらいいのか、わからないの。こんなことが言いたいんじゃないの。
 ――助けて、カイン。助けて。

「レフティから聞いたわ! この国をあなたがたは乗っ取ろうとしているって! ゆ、許さない。お父さまをわたしから取り上げ、わたしの祖国も失くそうというの?」
 カインの鳶色の眼差しが、エレーナをじっと見る。
「それは違います」
 彼女はカインの言葉を聞き届け、息を吸った。
 こんなことが言いたいんじゃない。理性の奥で思っていても、一度たかぶってしまった感情は、とどまることなく溢れ続けた。

「レフティは、あなたと違って普通の人間なのよ! どちらが信じられると思うの? おぞましいカインとは違うのよ! 今すぐ二人とも、宮殿から出て行って!」

 カインとエーベルが顔をこわばらせ、悲しい目をしてエレーナに礼をした。それを見た途端、彼女の左胸に激しい痛みが走る。

 行かないで。行かないで、カイン。
 わかったから。
 大事なものが、大事な人が、誰か、わかったから。

 わたしを助けて。

 二人の部下が静かに扉を閉め、廊下に出て行く。エレーナの耳に、彼らの足音は聞こえない。

 


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