夜曲、彼女の蜂蜜。それから

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過疎らせまくりごめんなさいっ 

[ おしらせ]

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仕事いそがしいんだよう

ごめんーーー

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俺に「彼女」が出来るまで……4、家庭教師とラブレッスン② 

[ 俺に彼女が出来るまで]

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 大輔は彼女のぬかるんだ場所を、一心不乱に舐めまわしていた。熱い愛液は啜っても啜っても、尽きることなく溢れてくる。
 舌先でぞろぞろと、粘膜の隅々まで確かめる。ぷっくり膨れた肉芽の下に舌先がはまる。
 無理矢理に押し入り、指で肉芽をつついてみた。
「あ、いゃっ……やぁ、んんーっ! ……あッ! ひぃ! ひああああああーっ!」
 家庭教師は我を忘れて嬌声を上げた。
 耳や舌、五感のすべてが川田に集中していた。肉棒がパンパンに張り詰めている。もうすぐコレが女体に入るのかと思うと、ひたすら興奮ものだ。
 女子大生が悲鳴を上げて、許しを請いはじめた。
「い、入れてぇ……。大輔さんのおちんちん! が、我慢できないっ! ああ! あああ、は、早くぅっ!」
「ここに入れたらいいんですか……」
 ちゅぷっ……と人差し指を埋めると、ものすごい勢いで締め付けて体内に引き込んでくる。
「あ! ゆ、指だめえ! もう、きつい……、きついの……ッ!」
 川田はもはや朦朧となり、目線を泳がせている。
 大輔の野性に火がついた。
「先生、本当は気持ちいいんでしょう……?」
 人差し指と中指をまとめて二本、膣の中にねじ込んだ。彼女の悲鳴が大きくなる。
 熱く濡れまくった肉の壁が、大輔の体にまとわりついた。
 巨乳美人の膣の中に指二本を深々と差し入れ、ぐちぐちと肉壁に触れる。抜き差しするたびに、彼女は喘ぎながら裸体をしならせた。
「ああっ、ひあああっ! いやあああーっ! も、もうっ、ああっ、そこはもうっ! やめ……あああっ!」
 彼女の肉壁が愛液を激しく滲み出しては、大輔の指をきゅうきゅうと締め付けてくる。このままでは指がちぎれそうだ。
 指先を少しだけ曲げて、ごりごりとなぞりたてる。
「あああっ! はああっ、も、もうだめえ、だめ、イ、イッちゃう! ああん!」
 膣口から指が抜ける直前まで、手を動かす。どっ、と愛液が指から伝い、シーツへとしたたった。
「イッちゃうって……どういう風になるんですか?」
 生徒は耳元で囁きながら、はあはあ喘ぐ彼女の顔を眺める。同時に力任せで指二本を膣の奥へと、めり込ます。
「んん……ぅ! んふううううっ! んくううっ!」
 呻く彼女の膣壁が、激しく締まった。
 川田は一拍置いて肢体を突っ張らせて呻き、がくがく震え出した。
 彼女の閉じた瞼から涙がこぼれ落ちている。牝は裸を晒し、男の指を突っ込まれた状態で絶頂に達したのだ。
 大輔は指を外し、震え続ける彼女の体を胸板の下に敷いた。ぶるん、と大きな乳房が潰される。
「あ……あ、あ……」
「すごく綺麗です、先生……」
 既に猛っている肉根を、彼女の膣口に宛てがう。
 川田は小刻みに喘ぎながら、誘うように腰を浮かせた。
「あ、熱い……」
 大輔は自然につぶやく。膣口にぴたっと亀頭が嵌ってからは、迷わなかった。ぐっ、と腰を突き出して根元まで彼女を貫く。
 ずん、という感触と共に、背中に強い電流が走ったような気がした。
「あ……。だ、だい、あ! ああああーーんっ! あはあああ! ああ、ふ、深いいっ! あくぅ! ああっ!」
「ああ……か、川田さん…っ! お、俺、奥深くまでっ」
 家庭教師は涙をこぼしながら、こちらの背中に腕を巻きつけてくる。腰を浮かせ、叩きつけるごと体に走る快感も深くなっていった。
 彼女も必死で虚ろな目を見開き、応えようとしてくれる。
「う、うれしい、大輔さんっ、あ! ああ! は、激しくしないでええっ! お、奥まで来てるようっ! ああーっ!」
「キ、キスしても、いいですか」
「してえっ! ああんキスしてっ、おねが、……っ! んんふっ! んうううーーーっ」
 大輔はひたすらに、彼女に忠実でありたい。力強く、優しく、と頭の中で繰り返しながら、家庭教師に肉杭を打ち込み続ける。
「俺、も、もっと気持ちよくなりたいです……」
 彼女は悲鳴を上げながら、みずから腰を使いはじめた。当たり所が変わって壮絶に気持ちがいい。
 もっと気持ちよくなりたい。
 もっと川田さんに気持ちよくなってもらいたい。
 慎重に腰を回しながら突き入れる。すると、膣の奥深くまで刺激することができるらしい。肉棒が根元まで突き刺さり、角度によっては膣肉が麻痺と弛緩を繰り返す。
 やがて彼女は悲鳴を上げることもできなくなった。
 諦めたような「ああ……」という声を出しながら、高校生にいたぶられるだけだ。
 大輔は二度、フェラ射精したあとだ。十分に女体を堪能することができる。
 つながった相手の膝を更に深く割り、上半身だけ起こす。と、川田の膣口からぬらぬらと光る、太い肉根が見えた。
「見えるよ……先生。俺があなたの体に入って、満足させてあげてるとこ」
 涙を流した恍惚の表情を浮かべた彼女が、うっすらと目を開ける。
「ま……満足して、くれているの? う、うれしい……」
「当然じゃないですか」
 川田が吐息混じりになにか、言っているみたいだ。
「つ、続けて……」
「は、はい」
 言われた通りに家庭教師の体へと、ふたたび覆いかぶさった。
 川田の半開きになった唇から、小刻みに悲鳴が漏れはじめる。軽く動かすほどしかしていないのに、彼女は鳴きながら大輔にしがみついてきた。
「あ、あ、ああ、ああっ! あ、もう、もうだめ、ああーっ! い、いっちゃうっ!」
 今まさに童貞喪失しつつある高校生は相手に応えるべく、がんがん腰を振った。
 繰り返すごと、頭の芯がしびれてくる。
「お、俺も、もうだめになりそうです……!」
「ああ、だ、出してぇ……っ! だ、大輔さ、ああーっ!」
 美人家庭教師が、一瞬しなるように身を反らす。膣の奥までが、ぎゅうっと締まった。
 大輔の頭中、たくさんの火花が散った。
「ま、麻美子先生……っ! で、出るっ!」
「あ、ああ! んんーぅっ!」
 川田が呻き、身を反らせる。大輔は絶頂に達した彼女を力いっぱいに抱きしめ、体内の奥深くで爆ぜた。
 二度も彼女の口腔内で射精していたのにもかかわらず、大量の精液が美人女子大生の子宮めがけて注がれていく。
 膣の中で肉根がビクビクとうねった。
 大輔は彼女の体の震えが収まるまで、抱きしめながら待っていた。
 やがて家庭教師はぼんやりした眼差しで、彼を見つめる。上気した頬が、つやつや光っている。彼女は、ちょっぴり恥ずかしそうにまばたきをした。
「あ、あのね。大輔さん」
「はい」
「私のこと、エッチだと思ってませんか?」
「あ? え、いや、そんなことは」
 川田が、ほっとしたように体中の力を緩める。それに反して、肉棒が彼女の体内で固くなりはじめていた。
「私、大輔さんに一目惚れしちゃったんです」
「えっ」
 家庭教師は意外そうな顔をした。
「おかしいですか?」
「いえ……」
 首を横に振ると、彼女がこちらの額に手を触れてきた。瞳が、きらきら光っている。
「だから……こんな風になれて、うれしいです」
 その一言で大輔の肉根が再度、硬くなった。
「お、俺も……夢みたいです」
 相手の体を引き起こして、膝の上に乗せる。彼女の口元が緩み、ため息混じりの声が出てきた。
「あ……っ、き、気持ちいいです」
「俺も気持ちいいです、もっと気持ちよくなりましょう」
「は、はい……。あ! ああっ!」
 女体を貪りたい本能はおさまらない。
 女子大生に肉根を刺したまま、騎乗位の体勢になった。突き上げると、彼女はあっさり仰け反り喘ぎ鳴く。ほっそりした首元から不釣り合いなほどの、たわわな乳房が揺れた。
 年上の女の子は喘ぎながら、男の体の上で腰をくねらせている。
 大輔は背筋からゾクゾクする快感を味わいながら、素直に言葉に出した。
「いやらしくて、す、すごく綺麗ですよ……麻美子先生っ!」
 麻美子、と呼ばれて彼女が身を震わせる。
「はぁあ! ひ、ひゃああんっ! ま、またイっちゃうぅっ! だ、大輔さぁんっ!」
「そんなこと言って……腰が動いてるんじゃないですか」
「ああっ、そ、そんな……」
 麻美子が喘ぎ、首を振る。乳首を伝った汗のしずくが、大輔の胸元に落ちてきた。
「俺、す、すごい……気持ちいいです」
 彼女は動きを止め、上から生徒をじっと見つめる。
「本当に?」
「は、はい」
 上半身を起こすと、麻美子の方から首に腕を回してきた。互いの汗ばんだ体が密着する。
 彼女は少し虚ろな、しかし羞恥を隠せない眼差しを彼に向けた。
「私……大輔さんが『もっと気持ちよくなりましょう』って言うから、がんばっちゃいました」
「お、俺もがんばります!」
 一生懸命に腰を動かした。彼女が細かく鳴き続け、がくがく身を震わせはじめる。
「あああっ、こんなにセックスが気持ちいいなんて……っ! も、もうっだめえっ、ああ、あぅっ!」
 麻美子が、腰を激しく突き出して果てる。密着している彼女の肌から、またしても汗が噴き出した。
 教え子も汗びっしょりだ。
「な、中でイキますよ俺もっ!」
 大輔は叫んだ直後、麻美子に深く挿入したまま、一気に射精管を開いた。

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俺に「彼女」が出来るまで……3、家庭教師とラブレッスン① 

[ 俺に彼女が出来るまで]

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 大輔は今、フェラチオを施されている。
 我が股間で夢中でフェラを続けている女は、超がつくほどの美人女子大生。大輔の父から雇われた家庭教師だ。
 新米家庭教師が、じゅぶじゅぶ……と音を立て、こちらの肉根を愛おしそうにしゃぶっている。
 舌で愛でられる快感は、もちろんはじめて味わうものだ。
 大輔が夢見心地でいるうち、家庭教師は陰嚢を優しい手つきで揉みながら、ずるずると裏筋を舐めはじめた。
 オナニーでは決して味わえない舌の絡みつく感触。ぴちゃっ、じゅるっ……と聴こえる音、そして相手の息遣いが、更に彼を駆りたてる。
「うう、で、出そうっ……!」
 大輔は固く瞼を閉じて呻く。同時、頭の芯が「ボンッ」と火照った。
 に、二回も口でイカされるなんて!
 見栄も体裁もかなぐり捨てて、必死で射精をこらえている。オナニーしている時は、どんなに力加減を工夫しても早くイケなかったのに、この雲泥の差はなんだ。
 荒ぐ自分の呼吸音の他に、ひたひた、ぴちゃぴちゃ、と水音が聴こえることが更に興奮をそそっていく。
 やがて家庭教師は裏筋をしゃぶっていた口を離して、亀頭をすっぽり唇の中に含む。
「んふっ……んんっ」
 大輔の耳に甘い鼻声が聞こえた。
 もうだめだ。
 彼がふたたび固く目を閉じた瞬間、川田がちろちろと舌先で鈴口を突付いた。敏感になっていた肉根が家庭教師の口内で震えた。
 大輔は思わず身を固くする。今度こそ完全に射精管が開かれる。
「んんーッ!」
 ビュルビュルと放たれた精液が激しい勢いで、川田の唇の中に吸われていく。美人家庭教師はうれしそうに鼻を鳴らし、最後の一滴まで搾り取った。
 大輔は想像する。精液と共に頚椎から背骨まで、ちゅるちゅる抜き取られていく自分……。
 冗談抜きで、俺は骨抜きにされてしまった……。
 蕩け呆けた彼は、精をすべて放出し終わってから身震いをした。
 川田がほわんとした表情で顔を上げる。
 二人の視線がぶつかった。大輔は我に返って口を開く。 
「あ、川田さん。ご、ごめんなさい。俺、あの……」
 家庭教師は目元を下げて、こくん、と喉を鳴らした。
「え! また飲んじゃったの? ど、どうして?」
 問われた川田は、目尻を赤く染める。
「こうすれば男の人って、嬉しくなるんでしょう?」
「いや、あのう。それはそうなんだけど、抵抗ないの?」
 彼女は大輔を見つめながら、髪をかきあげた。
「意外と純情なんですね」
 いや、あんたに言われたくないし。俺が純情なら、そっちは天然だろう。大輔は言いかける。しかし、動かしかけた唇を、女の人差し指が止めた。
「本当にキスも、はじめてだったんですか?」
 川田が男の身体に、ぴったり密着してくる。ぶるん、と大きな乳房が大輔の胸板に押し当てられた。
「きっ決まってるじゃないですか」
 大輔はあらためて彼女を見つめる。顎や首はほっそりとしているのに、乳房だけが不釣り合いなほどに大きい。餅のように白い双丘が、自分の胸板にくっついている。
 なまめかしかった。
 家庭教師が細かく息を吸うたびに、相手の心臓の鼓動まで伝わるような気がした。
「じゃあ、こんなことも?」
 彼女の切れ長の大きな目が、きらきらと光る。大輔が頷くと、相手はうれしそうに笑った。
「あのう……。俺ね、川田さんに気持ちよくなってもらいたいです」
 美人女子大生はゆっくりと頷いた。
「今、どうしたいのかな?」
 問いかける川田の、つぶらな瞳が揺れる。
「もう一回、キスしたい。『川田先生』に、続きを教えてもらいたい」
 大輔は腕を伸ばし、川田の身体を抱き寄せた。家庭教師は大輔を見つめてから目を閉じ、誘うように唇を軽く尖らせた。
 しっかりと覆いかぶさり、静かに唇を合わせる。
 ……さっきみたいに、優しく。丁寧に。川田さんがしてくれたみたいに。
 落ち着いて考えながら、深いキスを交わし続ける。いつしか甘い匂いが立ちのぼる、柔らかい乳房をまさぐっていた。
「ん……っ、ああ……。んふっ……」
 女の息が徐々に上がってくる。
 大輔は乳房をまさぐる手に力をこめて、ぐにぐにと弄ぶ。火照りはじめていた川田の体がしなった。舌を絡めながら片腕で家庭教師の体をがっちりと包み、もう片方の乳房を力任せに絞る。
 耐えきれなくなった彼女の鳴き声が大きくなった。
「ああ……っ。だ、大輔さ、あ……! ああんっ」
 舌の愛撫をうなじや耳たぶ、鎖骨に移す。川田の白く細い上半身が小刻みに震えるたび、感じてくれてるんだ……と思う。
 鳴く声に煽られ、どんどん気持ちがたかぶっていく。大輔は家庭教師の首筋や鎖骨に、幾度も舌を這わせる。
 やがて彼女は昂ぶりのまま、大輔の頭を押さえはじめていた。
「あ……。お、おっぱい、舐めて……」
 恥じらうような声が聞こえた。
「い、いいんですか」
 指や掌で触れるよりも、もっと赦されたような気がする。大輔は答えを聞く前に、真っ白い乳房に音を立ててしゃぶりついた。
「ふ、ふああーぁっ!」
 川田が嬌声を上げて身を反らす。
 大輔は顔を上げ、彼女の肢体を確かめた。
 上半身は裸。ウエストから下は、乱れきって皺くちゃの黒のタイトスカートだ。そこから伸びたパンストを履いている脚の付け根は、まだ見えない。
 真っ白い乳房の上には、尖った小さな乳首が乗っていた。思わず、ぺろんと舐める。家庭教師がふたたび、耐え切れないような悲鳴を上げた。
 両の乳房を舐めつくしたい。もっと、この肌に痣を付けたい。俺だけのものだと誇示するために。
 だから、そうする。
 どうしてこうなったのか、そんなことはとっくの昔に飛び去っていた。
 くびれたウエストを舌で愛でながら、スカートのファスナーに手をかけている。
 大輔の手の甲が直に触れた彼女の下腹部が、かすかによじれた。脇腹を隅々まで舌で洗うように動かしていたから、すぐに感づく。
「つらいんですか……?」
 手を動かすのを止め、耳元で尋ねた。
 家庭教師は赤く染まっている頬をますます赤らめる。
「ち、違うの……」
 彼女は吐息まじりに答える。蕩けそうに潤んだ目で、大輔と目を合わせた。
「あ、あんまり気持ちが良くて……。こんなのって、はじめてだから」
 大輔の理性がガラガラと崩れた。
 荒らぐ息を抑えることもできず、尖っている乳首を口に含んでは離すことを繰り返す。家庭教師は敏感に反応して、激しく体を震わせ続けた。
「あっ、ひああ……っ! あん……っ!」
 感じさせていると思うたび、大輔も拍車がかかっていく。
「もっと、気持ちよくさせてあげたい……」
 首筋を舐め上げながら言うと、相手の方から細い腕を背中に回してきた。彼女の大きな乳房が、男の胸板で潰されていく。
 上半身同士、ぴったりと密着していた。
「う、うれしい……大輔さん。あ……」
 川田の手が、もどかしく彼の背中を撫でまわす。大輔はいったん身を離し、上着をもどかしく脱ぎ捨てた。
 体勢を立て直して、相手を抱き直す。
 あんまり強く抱いたら折れてしまうかもしれない……もうちょっと優しくしなくっちゃ。
 家庭教師が薄く目を開けた。
 大輔は鼻の頭を、彼女の鼻にくっつけた。川田が軽く唇を突き出す気配がする。
「い、いっぱい川田さんとキスしたいです。体中にキスしたい」
「うん……」
 頷いた彼女の目に、つらそうな彼の顔が映っている。家庭教師がなにか言いたそうにしている。
「キスだけじゃなくて……もっとしていいのよ?」
 大輔は頷き、唇を重ね合わせた。唇だけのフレンチキスだ。ちゅっ、と音を立てると、相手が腰を浮かせていた。
 これって「脱がせて」のサインなんだろうか? 頭の奥が熱を帯びているので、判断できない。もしも早まってしまったら、せっかく盛り上がっているのに台無しになってしまう。
 とりあえず彼女の唇を貪り続けた。
 舌を絡めて歯の隅々、裏側まで舐めると、川田の体がぴちぴちと跳ねる。お互いの荒くなっていく吐息が混じり合う。
 やがて彼女は、はあはあと喘ぎながら告げた。
「だ、大輔さん……。お願い……。ス、スカート脱がせてください……」
「あ、は、はい……」
 頷き、上半身を彼女の腰の方にずらす。彼女は膝を折り、腰を浮かせた。スカートは散々にめくれあがっている。パンストの下にはブラジャーと揃いの、レースのショーツが透けて見える。クロッチ部分が濡れていた。
 大輔は慎重に川田の腰に手を回し、スカートホックを外してファスナーを下ろす。
「ああ……」
 頭上からは、喘ぐような甘ったるい声がする。
 そろそろとスカートを膝から抜き取り、パンストに手をかける。大輔の心臓は爆発しそうだ。
 たっぷり濡れた布地で覆われている陰毛が、黒く光って見えるから。
「ぬ、濡れてますよ……川田さん……」
 素直な感情を伝えると、彼女は切なそうに身をよじる。
「だ、だって。感じるの、ものすごく……」
 川田は頬を真っ赤に染めて、恥ずかしそうに枕の中に顔を埋めた。大輔の心の中で、なにかが「ばちん」と弾ける。
 はやる気持ちを必死で抑え、パンストを破かないように脱がせた。
「も、もう我慢できません……っ」
 心からの叫びを吐き出し、ショーツをずらして女性の大事なところに唇をつける。
「はあああっ……んんんっ! あはあ、あああんんんっ! ひああぁん!」
 局部をまじまじと眺める余裕はなかった。陰毛をかき分け、秘所を割り、奥にある濡れている粘膜をも存分に舐める。頭の中に、さっき言われた「もっと優しくしましょうね」の言葉が木霊する。
 ぞろぞろと舌を使うたびに、そこはどんどん濡れてくる。それと共に川田の悲鳴も甲高く大きなものに変わっていた。
「あああーっ! ああ、はあんんっ! あはあっ! い、いやああ! 気持ちよすぎるうっ! あ、あはあああーっ!」
 鳴き声を心地よく聞きながら、もっと気持ちよくさせてやりたいと思う。彼はいったん口を拭い、ぐしょぐしょに濡れたショーツを家庭教師の脚から抜いた。
 途中、女の顔を見る。激しく乱れた髪はほどけ、白いシーツの上に散らばっていた。固く閉じた目の端からは涙がこぼれている。
 川田の赤みがさした真っ白い肌には、あちこちに赤い痣が広がっていた。力任せに乳房を揉みこんだ時に付いた痣が、いちばん紅い。
「もっと気持ち良くさせてあげたい」
 そう言って、力強く彼女の膝を押し開いた。間髪を入れず舌で相手の秘所を割り、ずるずると緩急をつけて舐め続けた。舌が見つけた突起している箇所をぐりぐりと潰していた時だ。
 明らかに今までと違う悲鳴が部屋中に響く。
「ふあああん! ああ、そこだめえっ! ク、クリトリスだめえええっ! あふっ、あはああっ! あ、だ、だめえええっ!」
 そうか、ここが気持ちいいのか。
 大輔の愛撫に拍車がかかった。

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俺に「彼女」が出来るまで……2、家庭教師はスケベです 

[ 俺に彼女が出来るまで]

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 家庭教師が大輔から身を離す。床に白いレースのブラジャーが落ちていた。
「私では不満ですか?」
 川田の身体は、ほのかに熱を帯びていた。
 彼女は豊かな乳房を隠そうともしていない。たわわな白い双房の上、硬そうに尖った桜色の乳首がある。
 ま、まずいよ。これって。
 大輔の動転した脳味噌の中、川田の消え入りそうな声が聞こえた。
「……が、がんばってもらいたいだけなんですよ」
 聞き届けた彼の心臓が、より一層、激しく高鳴る。
 この人……。ピュアすぎるにも、ほどがある! 
 これから先の人生で、こんないい女に迫られるのは最後かもしれない。もしかして親父から「割増料金」でも、もらっているんじゃないだろうか。
 さすがにこのビジョンじゃ尋ねないけど。……ってか、尋ねられる訳がない。
 額に、ますます汗が滲んできた。
 大輔の理性と裏腹、肉根は既に充血している。トランクスの下で張り裂けそうだ。
「そ、そのお気持ちはありがたいんですけれども」
 心にもないことを言う。
「いくら雇い主から言われたとしても、えーと……そう簡単に脱ぐ女性って、どうなんだと」
「簡単じゃありません」
 彼女は目を潤ませた。
「これ以上、恥をかかせないでください」
 大輔は大きくかぶりを振る。深呼吸をして、自分から彼女の柔らかい体に触れた。すべすべした背中が心地いい。
「……わかりました」
「はい」
 川田は小さく頷く。
 誘惑してきた女子大生を抱き上げ、ベッドへと横たえた。その隣に寝そべると、相手の方から抱きついてくる。
「あ、あのう。俺、キスとかしたことないんです」
 声がうわずる。
 家庭教師も声を震わせながら、ぎこちない笑みを作った。
「それも含めて、教師になりますね」
 大輔は不器用に彼女の唇に吸い付き、自らの舌を差し入れる。
 どうすればいいか知らない。けれど、こんなふうにすればいいのかな……などと考えながら。
 折れそうに細い女の体を抱きしめながら、人生はじめてのキスというものを経験しつづける。
 唇を離すと唾液同士が、彼女のおぼろに開いた唇の奥につながっている。更に耳元では、家庭教師の小さな喘ぎ声。
「あ……」
 女子大生の髪は既に乱れきっていた。あわてて腕の力をほどく。
「あっ。ごめんなさい。痛かったですか?」
 川田は彼の焦った問いに白い歯をこぼし、片手で髪をかき上げた。大輔の体の上に、ふわっと乗ってくる。
「もっと優しくしましょうね」
「あ、はい」
 家庭教師は大輔の頭を撫でつつ、彼の唇を優しく塞いだ。
 大輔も彼女と同じように舌を絡め合わせ、歯の裏や根元まで舌でつついたり撫で回したりする。
 部屋の中に、キスをするたびに一拍遅れて水音が響く。異性のほっそりした指が、男子高校生の股間をおずおずと触れはじめた。
 時々、互いに唇を離したりするたび、川田の甘ったるい吐息が漏れる。やがて彼女は唇を、こちらの首筋に這わせていく。
 はあはあと息が上がっている相手は男の上着をめくり上げ、胸や乳首にくちづける。
 女の唇と舌の濡れた感触が、ゆるやかな快感と変わる。それらは大輔の全身を貫いて止まらない。
 ぴちゃ……と家庭教師が首筋にくれた口づけの音が聞こえたとき、彼の全身に快感の大きな波がやってきた。
「ううっ」
 大輔は呻いた。こんなことで射精してしまうなんて。……恥辱以外の何物でもない。
「か、川田さん……俺、もうだめかもしれない」
 必死で歯を食いしばるが、なんの抵抗にもならない。
 反面、女子大生に軽蔑されたくないという気持ちもよぎる。彼女は両の目を潤ませ、大輔の首筋や鎖骨に舌を這わせていた。
「我慢して……。ね?」
「で、でも……っ」
 気持ちを緩めたら、一気に射精してしまう。
 大輔が自らに言い聞かせた直後、川田の掌がキュッと肉棒を包んできた。
「う……っ!」
 呻きながら背中を反らせた。女の「うふっ」と笑う空気が伝わる。一拍あとに川田麻美子が、大輔の肉根をすっぽりと飲み込んだ。

 あっ! そ、それ反則っ、あ! やめてっ!

 射精感が大輔の股間から脳髄まで、一気に駆け上がった。
「あっ」
 ビュルビュルと精を放つ快感に加え、ざらざらと女の舌が肉根の隅々まで這いずり回る快感。
 強烈すぎた。
 大輔は、のたうちまわりそうな痺れを耐える。
「か、かわ。……うっ」
 呻く大輔は眉間をぎゅっと寄せ、無我夢中で相手の頭を両手でつかんでいた。
 股間から「んん、んふぅっ」と甘ったるい鼻息がする。川田は彼の肉根を深々と唇の中におさめ、既に没頭フェラモード。
(せ、せんせいっ……!)
 背を反らせた大輔は自らを情けないと思いつつも、美人家庭教師の口内に精を放つことに集中していた。
 しかも射精の量が半端ない。
「うう……っ」
 呻くたびに精液が川田の口の中に搾り取られていく。彼女は激しく顔を上下させていた。
 ずりゅ、ぐちゅっ。ぴちゃ、ぴちゃっ……。
 卑猥な水音が、繰り返し繰り返し響く。
 綺麗な女性が自分の肉棒を咥え込んでいるための聴覚からの刺激と、精液を彼女の口内に放っている征服感がないまぜになる。
「きっ、気持ちいい……」
 大輔は夢見心地のまま、同じような言葉を繰り返した。
 美人家庭教師の舌はぎこちなく蠢きつつ、精液を搾り取るように舐め取っている。
 快感の波に逆らい、なんとか頭を上げてみた。
「べ、別人みたい。先生、本当に……」
 女子大生が彼の股間から顔を上げる。
「そうでしょうか?」
「はい」
 彼女は照れたような顔をした。
「わ、私も。実は経験があまりないんです」
「あまり……? あっ、し、失礼なことを言っていたらすみません」
 しまった! こんなに綺麗な女の人なんだから、経験人数の一人や二人は変じゃない。聞くだけ野暮だ。
 しかし川田は大輔の股間から顔を覗かせて、もじもじと唇を尖らせた。
「え、えーと。一人だけ」
「ほんとかな」
「本当です。なんか、それで今までずっとセックスって怖かったんですけど、大輔さんとお話ししてたら『この人だったら、いいかなあ』って。それに……大輔さんの成績を上げるためなら、なんでもします」
「そ、そんな……」
 家庭教師は高校生を見つめ、無邪気に口角を上げた。
「あの成績表を見たら、そんな風に考えちゃいます」
 それもそうか……。
 肉根は、ふたたび勃ってくる。川田は愛おしそうに肉棒を眺め、今度はチロチロと舌を這わせて舐め上げてきた。
 大輔は裏筋を舐められ「あっ」と、首を仰け反らせた。同時に川田は肉根をずっぷりと、肉感的な唇に包みこんでいた。
「わっ……! あ、かっ川田さ……っ。あ、あうう」
 情けない声を出した彼に構わず、美人家庭教師は更に顔を股間に沈める。完全に向こうのペースだ。
「き、気持ちいい……」
 目を閉じてフェラチオを堪能する。
 熱くぬめついた舌が、肉根の隅々まで絡みつく。壮絶に気持ちが良かった。自慰とは比べ物にならない。しかも彼女が肉根に歯を立てないようにしてくれているのが、よくわかる。
 大輔の耳には絶え間なく、じゅるじゅると肉根を味わう音が聴こえていた。

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俺に「彼女」が出来るまで……1、家庭教師は天然ですか? 

[ 俺に彼女が出来るまで]

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 大輔は手早く衣服を身に着けた。それから急いで玄関ドアを開ける。
 川田と名乗った子が、軽く身をこなして中に入った。冷気が一緒に、部屋の中に入りこむ。
 彼女は器用に首からマフラーを外し、大輔に向き直った。右の肩に、黒のビジネスバッグを提げている。
「はじめまして。お父様から家庭教師に雇われた、川田麻美子と申します」
「あ、よ。よろしくお願いします」
 慌ててお辞儀を返した。顔を上げようとした一瞬、かすかに漂う汗の香りに気づく。甘やかな女の子の体臭が、石鹸の香りに混じって「ふわっ」と漂う。
 もっと、この人の匂いを嗅ぎたい……。
 ふと生まれた小さな欲望は、男の動きを緩慢にさせる。
 相手に不審がられないよう、細心の注意を払った。彼は川田の足の甲から、視線を少しずつ少しずつ上に動かしていく。
 黒いパンプスに包まれた色白の足の甲の上には、ぎゅっと締まった細い足首のラインがつらなっていた。するすると流れる曲線にかたどられた脛と、つるつるした膝小僧がある。
 可愛らしい膝の上にはストッキング越しでも分かるほど、きめ細かい肌の太ももが見える。
 川田の身に付けている黒のタイトスカートは、普通に街で見かけるリクルートスーツの丈のものだ。膝よりも少し短いカッティングのそれに、今まで何の疑問も持ったことがなかったはずなのに、今はじめて
(こんなにエッチなスカートがあったんだろうか)
と思う。
 頭を完全に上げた彼は、わざと咳払いをした。
 咳の音に驚いたような顔をした家庭教師が、大輔を見つめて笑いかける。
「風邪ですか?」
「あ、いえ……。大丈夫です」
 大輔の耳たぶが熱くなる。
 川田は女性にしては背が高いほうだろう。ほっそりした体を、仕立ての良いリクルートスーツに白いブラウスが包んでいる。ブラウスの生地から覗く首筋や鎖骨がまぶしい。
 新任家庭教師は、にっこりと微笑んだ。
 悠然と笑うと、二重の眼がタレ眼になる。やや肉厚の唇から、白い歯が見えた。
 じろじろ見るのは失礼だ、そうは思っても大輔は彼女の表情を凝視してしまう。
「なにか、私の顔についてます?」
 川田のマフラーを持っている白くて小さな手が、ほんのりと赤く染まった。
「えっ! あ、あー。違います、いや、あの、き、きれいだなあって思って。その」
 大輔自身も、こんな答え方は予期していない。
 直後、美人女子大生は鈴を転がすように笑った。澄んだ明るい笑い声が、ひとしきり玄関先に響く。彼女は照れくさそうに片手を頬に当てた。
「男の人に、そんなこと言われたのって、はじめてなんですよね。笑っちゃって、ごめんなさい」
 嘘つけ。
 こんなに綺麗な人がだよ。生まれてこのかた、外見について褒め言葉を受け取らないはずがない。
 しかし彼の口から実際に出てきた言葉は、またしても自分の意に反したものだ。
「ああ、いえいえ! こっちこそ、すみません。さ、寒いでしょ? 中に入ってください」
「はい、ありがとうございます」
 ちくしょー、親父め。
 家庭教師が女性だとも聞いてないし、ましてや、こんなに美人が来るなんて聞いてない。
 知っていれば、心の準備ができたのにな……。
 キッチンで大輔はつぶやきながら、ヤカンを火にかける。これから勉強を教えてくれる人だから、お茶くらいは出しておかないとね。

 湯が沸いた。
 扉を開けるとテレビや卓袱台を置いてある部屋がある。勉強部屋は、その隣だ。川田のことはテレビのある部屋に待たせている。
 大輔は盆に紅茶と菓子を添えて、卓袱台に座る。
 川田麻美子は、卓袱台の上に大学ノートを広げていた。背筋を伸ばして正座しているのか、佇まいが美しい。
「あ、あの。俺はどうすれば」
 彼は口ごもりながら家庭教師に問いかける。家庭教師は顔を上げ、少しだけ頬を引き締めた。
「大輔さん、二学期の成績から拝見させてくださいませんか」
「えっ。イキナリですか」
 彼女の眼がきらきらと光り、まっすぐにこちらを見つめている。
「家庭教師として、こちらに伺っているんです。当然でしょう?」
 大輔は相手の雰囲気に押され、よろよろと立ち上がった。
 勉強部屋に向かうと、そこには机とベッドが置いてある。
 散らかった机の上に終業式以来、開けていないスポーツバッグがあった。彼はバッグの中から成績表を取り出す。
「はい、どうぞ」
 川田は成績表を両手で受け取り、静かに開いた。途端に彼女は眉をひそめる。
「この下がり方は……ちょっと、ひどいです」
 落胆した様子が、ありありと表れている声だ。
 家庭教師は肩を落として、大輔を恨めしそうに見つめている。
 無理もない。体育を除く全教科、五段階評価で二つ三つ下がっているのだ。しかし、男の悲しい習性として、美人に軽蔑されるのはショックだ。
 大輔は焦った。
 このままでは、せっかくの冬休みも毎日が勉強漬けになってしまう……!
「でもね! 先生! お、俺、まだ、高校一年だし! これから挽回しますからっ!」
 川田は大輔の言葉に、気を取り直したように頷いた。
「わかりました、本当に挽回する気持ちがあるんですね?」
「は、はい」
「ではこれから先のスケジュールとか、決めましょうね」
 彼女はノートにさらさらと、今日から冬休み一杯の日付を書いて行く。
 大輔は一心不乱にノートに向かっている相手に、おずおずと声をかけた。
「あのう……先生のこと、なんて呼んだらいいの」
 川田は顔を上げた。
「普通に『川田さん』でいいですよ」
 彼女は屈託なく微笑む。
「大学生なの?」
「ええ。静院女子大の二回生です」
 思わず口笛を吹いた。この辺りでは有名な進学先だ。
「へえ、頭いいんだ」
 川田の頬が赤くなった。真面目なんだなー、と一瞬、思う。
「そういえば私、自己紹介をしていませんでしたね」
「じゃあねえ……。俺の家に来るようになった、いきさつでも教えてくださいよ」
 親父はどうやって、こんな美人と知り合ったんだ? 本音では、そう尋ねたい。しかしここは、抑えていたほうが得策だろう。
 こっちが下手を打って、川田さんが解雇でもされたら大変だ。川田さん解雇翌日、むっさい男の家庭教師なんか来たら、俺は速攻で親父に文句を言う。
「……たまたまアルバイトを探している時に、大学のサイトに『家庭教師募集』って書き込みがあったんです。近所だったし時給も良かったので、電話をしてみたのが、あなたのお父様だったんですよ」
「へえ。だけど、なにも疑問に思わなかったわけ? すごい危険じゃん、ネット上での遣り取りなんてさ。しかも電話でしか親父と話してないんでしょ。家庭教師募集、とか言って風俗だったら、とか普通に疑問に思わない?」
 川田は真顔で、首を横に振った。
「思いませんでした。私の大学のサイトですから」
「ウブっていうか真面目なんですねえ。俺なら信じられない、しかも異性の家庭教師を志願するなんて」
 なにげない言葉に、彼女の表情がこわばる。
「私も、一日、眠れませんでした」
「す、すみません」
 軽口を叩きすぎたか。
 大輔は素直に頭を下げる。
「長野さん……つまり、大輔さんのお父様が、私を急いで雇い入れたのは『なんとかして息子に成績を上げてほしい』気持ちで一杯だったのだと思います」
「ま、まあ……そうでしょうね」
 脳裏に父の顔が浮かぶ。
 せっかちな性分の、あの人のことだ。担任からの電話でパニクって、家庭教師の募集をかけたんだろう。
 川田は紅茶を一口啜り、大輔を見据えた。
「大輔さんのお父様に言われたことをお伝えします」
 彼は思わず座り直した。
「はい」
 女子大生の瞳が、ためらうように揺れる。
「あなたの成績を上げるためなら、なんでもしてやってくれと」
「あ、ああ……まあね。家庭教師、ですもんね」
 大輔は、この空気に耐えられなくなってきた。

 川田さんだっけ? この人は真面目で純粋すぎる。勉強でもなんでも、この雰囲気を変えられるんだったら、なんでもいい。

 その相手は一瞬、唇を結び、大輔を見つめた。
「今、なにか欲しいものはありませんか?」
「べっ、別に……ないですけど」
 目の前の美人の顔が、即座に曇る。
 ……ヤバい? 
 適当に言葉を濁して、さっさと勉強タイムに行った方がよかったのかも。美人が悲しそうな顔をするのは、胸が痛い。
 川田は言葉に詰まった大輔を見据える。
「成績、上げたくないんですか?」
「そ、そりゃあ。まあ。進級だってしたいし……」
 新任家庭教師からは、彼が全然やる気なさそうに見えたらしい。
 彼女は思いつめた眼差しで、大輔を見つめた。
「恋人、欲しくないですか?」
 はあ? 何を言い出すの? この美人???
「欲しいですか? 欲しくありませんか?」
 川田は食い入るように大輔を見つめている。真向かいにいる彼のノドは、カラカラに渇いてきていた。
「は、はあ? まあ……いたらいいなって思う時はあるけど、モテないし」
 彼女が瞳を曇らせる。
「でも……一緒に勉強する恋人とか、いたらいいなあとか思わないの?」
「とっ、時々は。いいなって思いますよ? でも」
 川田が一瞬だけ目を伏せた。
 大輔が首を傾げたのと、彼女が紅潮した頬を見せたのは同時だ。
「わ、私! 今日から大輔さんの恋人になります! そして、成績をなんとしても上げてもらいます!」
「は、はあっ?!」
 大輔は目をパチクリさせながら後ずさった。逆に川田は、すっくと立ち上がっる。
「あなたがちゃんと勉強して、成績を上げてくれるためなら……私はなんでもします!」
「え。なんでも、って?」
 川田はスーツのジャケットを脱ぎはじめる。
「だって、お父様がおっしゃってたんです! 『きっとあの子は、川田さんが手篭めにしたら一生懸命に勉強してくれる』って!」
「ちょ! ちょっと川田さん……っ!」
 大輔の額から汗が噴き出る。彼女がスーツを脱ぎ出すのを必死で止めようと身体が動く。
 彼の奮闘むなしく女子大生が、身に纏う白いブラウスのボタンを次々に外していく。
「そんなの親父の悪ふざけに決まってるでしょ……っ! それに、こっ、こんなこと! 勉強とは関係ないでしょ……!」
 麻美子の顔は脱ぎ出す前よりも、すでに湯気が出そうに真っ赤だ。
「関係あります! 私、大輔さんの成績を上げることが仕事なんですからっ! それに、雇ってくださった方の言うことは最大限に聞き入れなければなりませんから!」
「ま、待って! 親父も冗談で言ったんだってば! 本気にしないでくれよ!」
 必死で両手を使い、彼女のボタンを外す手を払う。いくらなんでも、これじゃ家庭教師の仕事の域を超えている。
 その時だ。川田は、大輔に力いっぱい抱きついてきた。
「待ちません。この成績の落ち方を見たら、お父様の言葉は冗談には聞こえません。きっと私に、そうして欲しいと思うんです!」
 ふわふわ柔らかい女の体が、まとわりついてくる。
 大輔の頭の芯がしびれてきた。
「ちょっと……! は、離れて……っ」
 理性では戸惑っていても、体の方は正直に反応を示した。止めろ、と頭で命令してはいるが、掌は勝手に美人女子大生の背中を撫で、ブラジャーのホックを外している。
 はらり、と真っ白いレースのブラジャーが床に落ちた。

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うっはw過疎らせまくりwww サーセンwww 

[ 書き手の大きな独り言]

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先月から、ノクタさまにて「俺に彼女が出来るまで」を再掲載しています。

こちらの更新も、がんばってやっていきます!

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俺に「彼女」が出来るまで……プロローグ 

[ 俺に彼女が出来るまで]

この作品は夢小説です。名前の変換は目次 小説ページで設定できます
 長野大輔は部屋の片隅で頭を抱えていた。
 十分ほど前、父から電話口で罵倒されたのが原因だ。
「おまえなぁ……っ! 『どうしても、この高校に通いたい、独り暮らしがしたい』と言うから許しているのに、二学期の成績はなんだ! 親の目が届かないからって、遊んでばかりだったのか!」
 彼は高校一年生。父から叱られても当然の、遊びたい盛り。
 本当のことをいうと彼本人も、叱られるだろうとは思っていた。しかし、それが現実になると、鼓膜が破れそうな衝撃と共に精神的にもジワジワくる。
 ――とりあえず謝れ、俺。
「ご、ごめん」
(まあ……ちょっと遊びすぎちゃったかなー)
 実際に父が目の前にいないことは救いだった。
 万が一にでも大輔の表情が向こうに分かったら、更に激しい罵倒が来るに決まっている。
 ……確かにこっちが悪いけどさ、そんなに怒鳴らなくってもいいじゃんよ。
 大輔が内心、悪態をつきかけた時だ。父が大きく息を吸った気配がする。
(あと一回、こっちが謝ったら電話を切ってくれるかな)
 そう思った時。
「おまえに家庭教師を付ける。一学期に遊び惚けた分は、みっちり取り返してもらうからな」
 大輔は目を丸くした。
「えっ。みっちり、って。まさか毎日、勉強?」
 すかさず、鋭い罵声が飛んでくる。 
「当たり前だ! 三学期の成績が上がらなかったら、強制的に関西に呼びつけるからな!」
「ちょ、ちょっと待ってよ。家庭教師なら自分で、さが」
 さがす、の「す」を発音する前に、ふたたび怒鳴り声が聴こえた。
「おまえには任せられん! 俺が選んだ人間で我慢しろ。イヤなら成績を上げてから文句を言え」
 ……言わなきゃよかった。
 余計に父の怒りを注いでしまった。
 向こうは更に怒鳴り続け、大輔には一言の弁明も許さずに電話を切った。
 しばらく経っても、大輔の耳朶には父の声がこびりついている。
 彼は「ふう」と溜め息をつき、通学用のスポーツバッグを見遣る。昨日の終業式から帰宅してから、まだ一度も開けていない。
 中には成績急降下の証を記した通知表と、学校から配られた「冬休みのしおり」が入っている。
 苛々しながら、バッグを部屋の隅へと蹴飛ばした。
「あー、すっきりしない」
 独り言をつぶやき、こめかみを押さえる。

 ……こっちも悪かったから、しょうがないかー。

 肩をすくめ、ベッドの上に寝転がる。
 親から文句が出るのも無理はない。この部屋や生活費は、すべて向こうからの仕送りなのだ。
 彼は思う。
 ……もしかしたら、親父なりに急に転勤を決めたことを申し訳ないと思っているのかもしれない。向こうはなにも言わないけれど。
 であれば尚更、応えるためにも成績を下げるべきではなかったのだ。しかし、自堕落でも構わない独り暮らしの誘惑の数々に負けてしまった。
 いつしか成績は下がり、結局のところ、どやされるハメになってしまった。
 大輔は眉をひそめて拳を作って、壁を殴る。
 バン! 
 予期していなかったほどの音を立て、部屋中が揺れた。
「痛いな。ま、いっか」
 あらためてつぶやき、手を天井に向けてプラプラしてみた。同時に、父が電話を切る直前の言葉がよみがえる。
「もう冬休みだな? 明日の正午、俺が頼んだ家庭教師がそっちに行く。それで三学期の成績が上がらなかったら……わかっているだろうな?」
 一体、なにを「わかれ」というのだろう。大輔の苛立ちは、完全に行き場所を失っていた。
 どんなに親が凄んでも、彼には彼の「器」というものがある。
 こんな時に母親がいたら、きっと取りなしてくれるのだろう。
 しかし、あいにく彼の母は、彼が七歳の時に亡くなっている。もう片方の親である父から見れば、大輔は出来が悪いが心配の種でもあるわけだ。
 もちろん、血の繋がった息子が父の気持ちを全く分かっていない訳ではない。
「あーん、俺のバカバカバカ」
 大輔はつぶやき、むしゃくしゃした気分で布団をかぶった。
 担任め。きっとアイツが、すべての元凶だ。
 きっと俺が通知表を親父にFAXで送る前に、成績を電話で喋ったんだろう。
「家庭教師なんて、冗談じゃねー」
 思わず声に出した。荒れた気持ちが収まらないせいか、口から出る言葉が汚い。
 せっかく、あの口うるさい父親から離れて、高校生活を満喫していたのに。
 しかも明日はクリスマスイブだ。世間では冬休みの真っ最中。
 そんな時に家庭教師と対面だって……やめてくれよ、もう。なんだってそんなに、しみったれた時間を過ごさなきゃならないんだよ。
 しかし成績が急降下したのは事実であって。
 それが原因なのは分かっているだけに、親に向かって全力で逆ギレすることも出来ず。
 ひたすら大きく溜め息をついた。
「明日から夜遊びも賭け事も、できなくなっちまうよー」
 今夜は俺の自由・最後の夜だ。しょうがないか……。
 彼は瞼を閉じ、ぼんやりと考えている。
 父のことだ、これから先、家庭教師に割増料金を払ってでも、こっちの素行まで管理してくるに違いない。
 ――わかっているだろうな?
 父の口癖……さっぱり効き目のない脅し文句が頭をよぎる。
「はいはい。わかってまーす」

 翌日。
 大輔はパッチリと瞼を開けた。 
 たっぷり睡眠時間が取れた御蔭か、頭もすっきりして気分がいい。
 時計を見ると、午前十一時を指している。
「家庭教師が来るのが……正午だったかな。あっ、やばい。あと一時間しかないや」
 あわてて浴室に向かった。どんな人が来るのかわからないが、こざっぱりしておいた方がいいだろう。
 大輔は頭を洗いながら、昨日と同じように高校入学してから今日までのことを思い返してみる。
 はっきりと自覚している転落のはじまりは、親の眼が行き届かないところで、楽しいことに目覚めてしまったこと。
 楽しいこと、といっても女よりも男と遊ぶ方が充実している。
 もっと言えば、大輔は一般的な高校生よりも背が高い。私服を着ると「高校生には見られない」らしい。天から与えられた外見を活かして、パチ屋の常連になるのくらいはお手のものだった。
 場外馬券場に行っても高校一年生だとバレたことは一度もない。
 女や酒よりも、そういう賭け事の方が楽しくて仕方がなかった。
 というか、ぶっちゃけモテない。モテようと思ったこともなかったのだ。
 大輔はシャワーコックをひねって湯を止める。鏡に自分の顔がぼんやりと映った。
 さして男前でもない顔が映っている。ばさばさの濃い眉毛、奥二重の切れ長の目に高くもなく低くもない鼻。面白くなさそうに結ばれた厚い唇。
 見れば見るほど、特徴も魅力もない顔だ。はっきり言って、フツメン中の中レベル辺りだろう。あくまでも比較対象は、クラスメイトだけど。
 体を拭いたあと、あらためて鏡を覗きこみ髭をあたっていた時だ。玄関のインターフォンが鳴った。
 大輔はバスタオルを体にまきつけ、急いでキッチンにあるモニターを見た。
 そこには二重瞼のぱっちりした眼、すっきりした顔立ちの黒髪の女の子がいた。首元に、ブラウンに黒チェックのマフラーを巻いている。
 マフラーの下に白いブラウスが覗く。黒い襟が見えるので、マフラーの下はリクルートスーツか。
「勧誘なら帰って」
 そう言うと、モニタの向こう側にいる女の子は丁寧に頭を下げた。
 長い髪を後ろに青いリボンで束ねている。顔を上げると額の前髪が、さらりと揺れた。
「長野大輔さんですよね? すみません……家庭教師の川田です」
「えっ? 約束は十二時でしょ? 来るの早くない?」
 時計を見ると、まだ十一時三十分だ。川田は申し訳なさそうに、だが、丸い頬を赤く染めて笑みを浮かべた。
「ごめんなさい。道を間違えたらいけないと思っていたら、早く着きすぎちゃいました」
 大輔は面食らった。まるで早く来るのが、当然だろうというふうに聞こえたのだ。
 とにかく外は寒いだろうから、中に入ってもらいたいんだけれども。
「すみません、五分だけ待ってもらえませんか。俺、今、シャワー浴びてて裸なんです」
 川田の頬が、さっきよりも赤くなった。

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ガチバトル・イン・ダンジョン……53 

[ ガチバトル・イン・ダンジョン―山口さま]

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第五十三話・藤堂の意地

 俺たちは、塔の最上階で藤堂の分身と戦って勝利した。彼がラスボスなのだから、これでゲームクリアのはずだ。
 プラネタリウムの中は静寂に包まれており、床には肉塊が転がっている。今のところ、なんの変化もない。
 俺はだんだん不安になり、ステータスチェッカーを使って美羅に呼びかけた。
「おーい、倒したのに何も起きないよ」
「えっ、まだ倒してないからじゃない?」
 な、なんだってー!
 あわてて藤堂に視線を移すと、その上に輝く文字が現れた。
「スキル『自動復活』発動」
 こいつ、マジか!
 肉塊がまばゆい光に包まれたかと思うと、再び人の形へ変わった。さらに、頭を押さえながらゆっくりと立ち上がる。
「いや、まいりました。あっさり沈められるとは……」
 俺は剣を構え、彼をにらみつけて叫んだ。
「まだやる気か!」
「当然でしょう、まさかあれで終わったと思ってらっしゃるのですか?」
 斬りつけるために踏み込んだその時、彼の頭上に文字が表示された。
「ガトリングスマッシュ」
 目にも留まらぬ乱打が俺の体を襲う。ダメージは50、50、50、50、50、50……うおお、いてえ!
 急いで回復薬を飲んでいると、今度は顔面を捕まれた。そのまま倒され、地面に叩きつけられる。
「ぐはあっ!」
「どうしました、その程度ですか?」
 倒れた俺に代わり、仁がダイヤモンドスピアを構えて突きかかる。さらにスクリュードライバーを連続で放ったが、かすりもしない。
「あなたの動きは見切りました」
「ち、ちくしょう」
 藤堂はにやりと笑い、大きく口を開いた。頭上に「アサルトグレネード」の文字が出現する。
 その口から光る彈が発射され、仁に直撃して爆発した。ダメージは588、これはヤバい。
「ぐふうっ!」
 彼は地面に叩きつけられ、動かなくなった。気絶してしまった様だ。
 俺の心に、すさまじい怒りが湧き上がる。もう許せない。
「この野郎!」
 一気に距離を詰めて斬り下げたが、あっさりとかわされた。続けて、奴の体が空中へと浮き上がっていく。
「さあ、そろそろ終わりにしましょう」
 その頭上に「カオス・プロミネンス」の文字が現れた。ヤバい、防ぐ手段がない!
 鏡が仁の前に立ち、仲間たちに呼びかける。
「全員集まって! 大技が来ます!」
 俺たちは仁の回りに集合して寄り添い、アルティメットシールドを外側に向かって構えた。さらに、鏡がリフレクションミラーを作り出す。
 その直後、赤や青の炎が次々と噴き上がった。あっという間に周囲が火の海だ。
 盾とリフレクションミラーだけでは、到底防げない。どんどん体力が削られていく。
 藤堂がその様子を見て、空中であざ笑う。
「今までよくがんばりましたが、これで終わりですね。ではさようなら」
 確かに、このままじゃ全滅だ。
「鏡」
「はい?」
「お前、瞬間移動を使えるだろ。あいつの上に移動して叩き落とせ」
「それからどうすれば?」
「俺が双璧とクランブルタワーで奴の体力を削る。そこを狙ってソウルディバイドで仕留めろ」
「かしこまりました」
 ディアナが口を挟む。
「私も彼を足止めする」
「わかった、頼む」
 アイリーンも、不安げに眉をひそめて言う。
「私も……」
「お前はダメだ、ここで仁と自分の身を守れ」
「えっ」
「大丈夫、藤堂は仕留める。自分の命と引き換えにしてもな」
「そ、そんな」
「もう時間がない。鏡、行け!」
「はい!」
 彼女はすっと消え、藤堂の頭上に現れた。それから、間髪入れずにクリムゾンエクスプロードを放つ。
「ぐおっ!」
 藤堂は直撃を受け、地面に叩き落とされた。よし、今だ!
 起き上がって逃げようとした彼の太ももを、背後から現れたディアナが貫く。地上を目にも留まらぬ速度で疾走して敵を仕留める「ファントムストライク」だ。
 俺も炎の中を突撃し、藤堂の前で双璧とクランブルタワーを放った。落雷を思わせる轟音が響き、二人の体力をごっそりと奪い取る。
「鏡、今だ!」
「はい!」
 藤堂の体を軸にして、真っ白な円が広がっていく。ソウルディバイドが決まった様だ。
「ぎゃあああああっ!」
 彼は目を大きく開き、俺を見て叫んだ。
「ただでは死なない、あなたも道連れです!」
 ちっ、こいつ……まだやる気か!
 その頭上に「スキル『自爆』発動」の文字が現れる。ヤバい!
「ディアナ、離れろ!」
「えっ?」
「バカ、急げ!」
 奴の体がまばゆい光を放つ。ダメだ、間に合わない!
「うおおお、ああああっ!」
 俺はディアナを抱き抱えて疾走し、覆い被さりながら床に倒れ込んだ。直後に爆音が響き、背中や後頭部を激痛が襲う。
「ぐうっ!」
 これは、やられたかもしれない。そんな事を考えているうちに、意識が薄れた。

 再び目を開くと、眼前にアイリーンの顔があった。その瞳から涙があふれている。
「悠真、よかった!」
「ん、あれっ……え?」
 鏡が微笑みながら言う。
「分身は倒しました。ゲームクリアです」
 ゆっくり起き上がり、周囲を見回した。全員無事の様だ。
「よかった……」
 俺は全身の力が抜け、その場に倒れ込んだ。

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ちょっぴり近況報告 

[ 未分類]

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近頃、なかなか新作が投下できなくて、すみません。

あんまり放置しているのも忍びないので、優美香の近況報告をします(汗)

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異世界将棋道場(魔王のおまけⅡ) 

[ 魔王に抱かれた私――優美香]

この作品は夢小説です。名前の変換は目次 小説ページで設定できます

「うーん」
 唸りつつ対面にいる勝負師を、ちらと見る。そいつはこちらを「フン」と鼻で笑う。そして、余裕たっぷりに銀色の髪をかきあげる。
「早くしてくださいよ、こっち手加減して飛車角落ちで対戦してあげているんだ」
「|裸玉《らぎょく》にしてくれって言ったのに」
「それでは勝負の醍醐味がない」
「うるさい」
「おやおや」
 裸玉というのは将棋上級者が、超初心者に対して「仕方がないけど、やってあげるネ!」的な対戦の仕方。要は、盤上には相手の王将の駒しかない。
 それでも、こちら側にしてみれば、駒の動かし方や勝負の勘所が分かる対局の仕方だ。
 町には将棋道場が、ここしかない。
 将棋の愉しさを教えてくれた人がいて、この道場に一年前から通いはじめた。
 でも。
 わたしは超初心者クラスの中でも、今なお底辺を彷徨う存在で有名だ。他に教えてくれる人もいないから、対戦しながら手数を覚えていくしかない。
 きっと店主や常連からは蔑まれているんだろうな。そうは思うけれども……日常から逃れられる時間も、ここしか考えられない。
 今日はようやく取れた休日だった。朝イチに、たまたま入ったパチスロ店で三万円を八万円に替えた。「今日はツイてるかもしれない!」と、ちょっぴりウキウキしながら道場に入ったら、この男がいた訳だ。
 ぱっと目についた彼の銀色の髪と深緑色の瞳は、よく調和していて、一見とても優しそうに見えた。あんなに優しそうな男前なんだから、きっとレクチャーしつつ対局を進めてくれるに違いない! ……そう思ったのが間違いだった。
「裸玉にしていただけませんか」
 初対面の人に失礼なことかも、と感じつつ申し出る。すると、途端に眉をひそめられた。だめか……と思った直後に柔らかい口調が返ってきた。
「では飛車角の二枚落ちで」
 優しそうな男前は、飛車と角、この駒を抜いて対局してくれるとのこと。二つの駒は、攻撃にも防御にも強烈な力を発揮する。
 ちなみに飛車は十字架のように縦横に動くことが出来る。角は逆に斜め方向に進められる駒だ。
 正直、ちょっと助かったと思った。
「よろしくお願いします」
 頭を下げて盤上に駒を並べはじめてから、すぐに後悔した。
 いつも相手をしてくれる爺ちゃんたちとは、なにもかもが違いすぎる。そして思った。
 ――もしかして、勝負師エーベル?
 先週、裸玉で対局してくれた爺ちゃんが言っていた。この頃、やたらと男前で、なおかつ情け容赦ない手を出してくる男が道場に出入りするようになったと。
 しかも対局前から、対面にいるこちら側を妙な雰囲気で圧倒してくるらしい。
 うおお、まさしくこの男じゃんか! 逃げたい! 今すぐ逃げ出したい!
 彼は「フフン」と、わたしが眉間に皺を寄せて掌に汗までかいている姿を笑った。
 自分のドン臭さを恨んでもしょうがない。将棋は「礼に始まり、礼に終わる」ものだ。お願いします、と言ったからには「ありがとうございました」までが対局。途中で投げ出すのは棋士の風上にも置けない。
 しかし……。
 勝負師という名前で呼ばれる者は誰でも「容赦」という言葉を知らない。わたしは道場に出入り禁止を言い渡されてもいいから、盤をひっくり返して帰りたい気分で一杯になった。
 エーベルは整った指で駒を動かして、わたしを煽っているのは丸分かりだった。なにも、こんなズブの素人相手に本気にならなくてもいいのに。
 対局早々に「おまえは、もう死んでいる」雰囲気が狭い道場に漂っている。気のせいか、段々と鼻の頭が熱くなって、視界が滲んできた。
 横から、店主の声がする。
「エーベルさん、もうちょっと勘弁してあげたらぁ?」
 勝負師に言うでもなく、明らかにわたしを軽蔑する口調である。わたしは思わず、横を向いて店主を見上げた。黒髪で鳶色の瞳の店主は、普段は魔王商売をしているらしい。魔王のくせして名前をカインと名乗る、図々しい野郎だ。
 この店主は本当に、いけ好かない。ルックスはいいんだけど、なにを考えているのが分からないところが不気味だ。
「だってカインさん。この人、ヘボすぎて逆に面白いんですよ」
 エーベルは店主が持ってきた緑茶を美味そうに啜りながら、こちらをニヤニヤしながら見つめる。
「きみが、いつ泣き出すかと思ってね」
 むきい。
 明らかに年下の男にバカにされている。しかも今、道場の中にいるのは三人だけだ。わたしは男前二人に蔑まれて無条件に歓べるほど、マゾの気はない。
「鬼か悪魔か……って、感じがするわ」
 なるべく泣かないように目を見開いて、勝負師に言ってやった。
「だって魔族だもん」
 即答で返された。
「ばかやろう」
 エーベルは俯いて捨て台詞を吐くわたしを、くすくす笑う。こいつ、ホントに楽しんでるだろ。負けても絶対に、涙なんかこぼしてやるものか。
「どうせ魔法を使って、対局相手に意地悪してるくせに」
「きみには魔術を使う必要もありません」
「くっ……」
 思わず、左手の指が震えた。……つうかさ。今、どっちの番だっけ? 
 勝負師は戸惑ったわたしの心を見透かすように鼻息で笑った。
「きみの番ですよ」
「ありがと」
 教えてくれたんだから、一応は、礼を言っとかないとね。
 わたしは散々考えて、盤上の歩を一個前に動かした。歩兵の駒は好きなんだよね。一個ずつ前にしか進めないけれども、いったん敵陣に入ったら「金将」の働きをする。相手|玉《ぎょく》を詰めるにも大きな役割を果たす。
 しかしエーベルとの対局では、こちらの|歩《ふ》の駒は全部剥がされてしまいそうだ。あと三枚しかない。
 うう、好きなのにー。 
「……いいんですか? それで」
 勝負師は悪戯っぽく、上目遣いでわたしを見遣る。そんな風に言われても、他に知恵が浮かばない。
「行っちゃいますよ?」
 彼は舐めた口調で、すっと指を動かした。さっきわたしから剥がした角が、盤上に置かれる。
「あっ!」
 歩の駒を動かしたので、がら空きになったところ。相手の角が真っ直ぐにこちらの王を刺している。
 思わず大声を出したわたしに、エーベルは憎たらしいほど爽やかな口調で言い放つ。
「だから確かめたでしょ」
 くすくす笑う声がする。対局相手だけならともかく、向こう側で観戦している店主の笑い声まで混じっているじゃないか。
「ひどい」
「いやあ、見事な負けっぷりだ」
「ふん、なにさ」
 いかにもご満悦、と言った感じの勝負師に思わず席を立った。さっきまで「将棋は礼に始まり、礼に終わる」と思ってたのに、もうそんな余裕はないみたい。
「勝負師、って言うからには、こっちがお金を払えばいいんでしょ! ば、バカにするのもいい加減にしてよっ」
「まあまあ、落ち着いて」
「これが落ち着いてなんかいられるもんですか! さっさと欲しい金額を言いなさいよ! 三万円までなら払うから!」
 エーベルは目を細めた。
「わたしはお金を巻き上げる人と、そうしない人と峻別して対局しています」
 峻別、だとう?
 ……そういえば。爺ちゃんたちの中でも対局後にお金を払った人と、そうじゃない人がいるらしい。
「その線引きって、なんなのよ」
「質問させてください。きみが将棋をしようと思ったキッカケは、なんですか?」
「どっ、どうだっていいじゃん」
 彼はこちらをじっと見つめる。
「どうだっていい、そんな理由じゃないはずですけど」
 声を落としたエーベルの言葉に、泣きそうになった。
「この盤上は、ひとたび向かい合えば、どんな人の心でも不思議と伝わってきます。きみの気持ちもね」
 彼はわたしに座るように促す。仕方がないから座った。ええ、座りますとも。
「逢いたい人がいるんでしょ。その人に逢いたいから、何度も道場に来てるんでしょ。上達しないのに」
「うるさいな、もう」
「心の底から逢いたいくせに」
 なんなんだよコイツは。こういう時だけ、目に慈愛なんかたたえてる顔しちゃって。
 そう思いながら、わたしは鼻の頭が真っ赤になっているのが分かる。もう我慢できない……そう思ってまばたきをすると、涙がぽろっと落ちた。
「例え雲の上の人でも、きみが逢いたいと思う人と。少しでも強くなって逢いたいんでしょ。わたしは、そういう情緒に弱いんですよ。だから今回は、無料です」
 今回?
 魔族で勝負師のくせに、変な情けなんか要らないよ。そう思ったわたしに、彼はにこにこ笑っている。
「応援してあげましょうか?」
「な、なにを」
「いいから、来週の日曜の夜七時、ここに来てくださいよ」
 わたしは黙って盤の横にある、すっかり冷えた緑茶を飲んだ。

 さて当日の夜七時。

 わたしはなぜか勝負師と平手の勝負をしている。平手、というのは互いに駒を全部並べて対局する方法だ。
「どうしてこうなるの?」
 エーベルは歩の駒を打ちながら、ぼやくわたしを見上げた。
「強くしてあげますから。そしたらアマチュアの全国トーナメントで、また彼に会えますよ」
「もう諦めた、って言ったら?」
 彼はニヤリと笑った。
「毎週一局、一万円いただきます」
「ええっ?」

 進むべきか、退くべきか。
 ……なんだかんだ言って、わたしはこの男にも興味が出てきたのかもしれない。



。。。

同じものを「小説家になろう」にも掲載しています。

もしも私が、コイツらwと将棋をしたら……がテーマです。

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魔王に抱かれた私……おまけ 登場人物紹介 

[ 魔王に抱かれた私――優美香]

この作品は夢小説です。名前の変換は目次 小説ページで設定できます

☆ルーンケルンの人物

・カイン

過去世から何度も転生を繰り返してきた魔王。輪廻の中、村を焼き討ちにした時に子供だったレフティから妹を奪う。
レフティから奪った赤子の妹が、彼の気持ちに変化を起こす。
現世はエレーナ王女の教育係としてルーンケルン王室に召し抱えられる。生まれた時から聴力に優れている。召抱えられた時は、音で相手の動きも分かる能力を持っていた。
温和で誠実な人柄は努力して身につけた賜物。
何百回生まれ変わっても、カインと名乗る。
好きな女に、なかなか手が出せない臆病者。

・レフティ

過去世の中、|魔王《カイン》に両親を殺害され、妹を奪われた。その時から「何度、生まれ変わっても魔王を討ち取る」と復讐を誓う。
意志の力でカインと戦う人生を選び続ける。
現世はルーンケルン王室の宮中警護として召し抱えられ、カインに巡り合う。
正義感は厚く野心家でもあるが脆い側面も。魔力はない。
狙った女には手が早い。


・エレーナ

ルーンケルン国の王女。父・デメテールの死去後、女王へと立場を改める。
魔王の過去世において影響を与えた赤子が生まれ変わってきた姿で、カインとレフティと会う。
なんだかんだ言って、この女が一番の無双かもしれないと作者は思う。
「歴史の陰に女あり」

・エーベル

魔族。過去世からずっと、カインの腹心の存在。エレーナ女王の護衛官。
酒癖は悪いかもしれない。
主君には「危険な場所に囮として行って来い」と言うのにもかかわらず、好きな女には「危険な場所には行かせない」とのたまう鬼畜。
何度生まれ変わっても、エーベルと名乗っている。

・フラン

宮殿に勤めるリネン係。宮中に上がった頃のカインを、しばしば助けていた。
レフティと関係を持つようになってから、色々と悩む。レフティがクーデターを起こした時に、速攻で宮中から逃走。
カインとエーベルとは前から仲良し。

・デメテール

出オチのルーンケルン国王。エレーナの実父。

・教会長

宮殿に隣接する教会に居住。聖職に就く魔術師の長である。


☆東国・ロードレの人物

・アール

通商条約の細かい箇所の打ち合わせに、ルーンケルンに上陸。カインと交渉。

☆西国・エディットの人物

・アネイリ国王

出オチ。

・サイレンス皇太子

この人も出オチ。

・ガル

アネイリ国王に仕える侍従長。カインたちを手厚くもてなす。

・リーノ

西国エディットの国軍大尉。カインたちを手厚くもてなす。

・ヴィクティム

呪術師。
レフティをはじめ、ルーンケルン軍隊全体に呪いをかける。

・呪術師のみなさん

自分たちの祖父母の世代が国外追放されたのは、ルーンケルン国王のせいだと思っている。
戴冠式の日などにエレーナを襲撃するが、ことごとくカインとエーベルに撃退される。


☆作者

性別不明。手フェチの変態。いい男大好き。才能ある男が大好き。アッー!



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魔王に抱かれた私……61 

[ 魔王に抱かれた私――優美香]

この作品は夢小説です。名前の変換は目次 小説ページで設定できます
61、果てにあるもの

 夜が明けていく。
 エーベルが崖の下へと手を伸ばし、教会から逃げてきた人たちを引き上げている。
 避難者たちは狭い平地に思い思いに座り、肩を寄せ合う。フランは彼らに火を焚き、沸かしたお茶を配っていた。
 エーベルが避難者の列にいた最後の一人を引き上げる。男は彼を見て、顔をほころばせた。
「エーベルさまが、お元気でよかった」
「そちらこそ」
 男は以前、彼がカインと西から帰還した折りに「おかえりなさい」と言ってくれた臣下だ。エーベルが軽く目尻を下げる。
「大変でしたね」
「確かにね、まいりました。急に廷内に集められたと思ったら、あっというまに、なにもかも変わってしまいましたので」
「存じております」
 男はエーベルを静かに見つめ、口を開いた。
「あなたがカインさまと宮中からいなくなってからのことも、ご存知なのですか?」
 エーベルはその問いの真意に気づき、潔く答えることにした。
「ええ」
 若い臣下が深い吐息をつく。
「細かいご事情は存じません。ですが、またご一緒にエレーナさまをお支えしたいと思っています」
 エーベルの胸が熱くなる。男は、あわてたように笑みを浮かべた。
「そんな、泣きそうな顔しなくても」
 エーベルは目頭を押さえ、何度も頷いてみせる。やがて彼の肩に、そっと臣下の手が置かれた。
 彼らの背中から、うれしそうなフランの声が聞こえてくる。
「エレーナさま!」
 彼女が女王に駈け寄る音がする。エーベルが顔を上げると、カインが崖の淵に立っていた。
「ご無事で」
「大勢の人の気配がしたから、崖を二人で登ってきたよ」
「急に出現されたら、びっくりされる方もいらっしゃるでしょうしね」
「まあね」
 カインは頬を緩めて彼に笑いかけ、それから避難者たちを見渡す。
「教会からの避難者は、全員集まっているのか」
「ええ」
 エーベルは続けて言った。
「女性や高齢者は小屋の中におります」
「教会長も?」
 上官の問いに彼は頷く。カインはあらためて言った。
「間に合ってよかった」
「そう思います」
 エーベルはカインの心中を知っていた。ここをレフティとの対決場所にしたくないのだ。
 できれば魔術師以外の避難者の心に、ショックを与えたくない。カイン本人は、魔術を使うことも避けたいと思っている。
 しかし、その願いは叶えられそうになかった。
 二人はすでに知っている。レフティが避難者たちを尾行し、軍勢を率いてこの山を取り囲んでいることを。
 カインたちは、デメテール国王が亡くなった時のことを思い出す。
 ルーンケルン領土を狙う東西の強国は、一日も経たないうちにデメテール死去の事実を知っていた。
 おそらく、レフティが軍事政権を立てたことも同様に知っているだろう。今日のうちに決着をつけないと、混乱に乗じて東西から攻め込まれてしまう。
 なんとしてもレフティを討たなければ、エレーナにも民にも平穏はない。彼はふたたび覚悟を決め、エーベルに向き直った。
「わたしたち四人は、ここから離れよう。女性二人は途中で港に飛ばす。エレーナさまとフランは東行きの船に乗せればいい。女性たちを逃がした後、我々はレフティを迎え討つ」
「御意」
 カインは小屋の中に入り、教会長に「避難者を頼みます」と告げた。老いた教会長は目に涙を浮かべ、彼の頬に触れる。
「どうかご無事で、ここまでお戻りくださいませ」
「おまかせください」
 すぐに戻る、と言い切れないことが歯がゆい。
 カインは高台に登る前、水晶玉を視ている。しかし、これから起こることをなにひとつ示してくれなかった。
 それでも、彼は精一杯の笑顔を作る。
「必ず教会を再建しましょう」
 カインが教会長に言い残して小屋を出る。朝の陽がこの高台にも、広く届きはじめた。彼はエーベルと二人で、小屋と高台すべてに結界を張った。
 振り向くと、エレーナ女王とフランが待っている。彼らは崖の下へと降りた。
 野草が茂る、急傾斜の道が続く。カインの耳に、ぱちっ……という乾いた音が聴こえた。彼は振り向き、後ろにいる三人に告げた。
「火を放たれた音がする」
 一番後方にいたエーベルが頷く。彼の前にいるフランが、心配そうな顔をして後ろを向いた。「大丈夫」というエーベルの声が聞こえる。
 そのとき、カインは感じ取った。
 四方八方から乾いた草が燃える音が迫っている。彼は後ろのエレーナへと振り向いた。
「短剣は、お持ちですよね?」
 彼女は顔をこわばらせて頷く。昨日、エディットの峠でカインから手渡されたものだ。
 やがて彼らの前方、斜面の下方から火の手が見えてきた。
 カインとエーベルが両手を天にかざす。すると黒い雲が空一面に立ち込め、大粒の雨が降り出した。
 彼ら四人がいる場所に、冷たい風が吹き上がってくる。
 ほどなくして、放たれた火は消えた。
 彼方から馬の蹄音が鳴り響く。カインとエーベルは、レフティの怒号を聞き取った。
「駆け上がって矢を引き絞れ! あいつらは斜面の上にいる!」
 周りの野草が焼き尽くされた今、斜面下方から自分たちは丸見えだ。カインは振り向いて叫んだ。
「伏せろ!」
 女たちが伏せると同時に、矢が大量に降ってくる音がした。
 即座に、カインとエーベルが高く飛び上がる。エーベルは女二人に降り注ぐ矢に向かい、手を払う。とたんに、矢がすうっと消えていく。
 フランが宙を見上げた。エーベルが彼女に向かって頷く。彼の視界の中から、女たちの姿が消え失せる。
 宙に跳んだカインは前列の軍人の乗っている馬の脚に、さっと目を光らせた。すると、馬の前脚が次々と折れていく。軍人が鞍ごと落馬する。後ろに続く馬はすべてつまづき、混乱の波が広がっていく。
 レフティの大声がする。
「馬から降りろ! 武器を使え!」
 エーベルは既に剣をふるい、軍人の群れに襲いかかっていた。カインも剣を握りしめ、その後につづく。
 カインの頬を槍がかすめる。彼は身をかわし、飛び上がって軍人の喉元を突いた。二人は次々に襲いかかる男たちを薙ぎ払い、斬り刻んでいく。
 男二人は傾斜を進み、山の中腹にまで降りていた。カインの目の端に、ちら、と宮殿の白い壁が見える。
 そのとき突然、軍人たちが二つに割れて道を作った。
 カインたちは、その奥に目を移す。レフティが陽を背に受け、矢を引き絞っていた。
「昨夜、夢を見ていたよ。エーベル、おまえは俺の矢で死んでたな」
 エーベルは薄い笑みを浮かべ、彼に答える。
「あんたの夢も終わりだ」
 彼は体を翻し、レフティから放たれた矢を叩き斬った。カインが前へと疾走する。
 彼ら二人は次から次へと阻む軍人を斬って行くうち、剣を抜かずに駈ける男の姿が見えた。
 エーベルに男の強い意志が伝わる。
 ――女王は奴らの後ろだ。
「まずい!」
 彼の目が光った。もしかして魔族の掟が発動したのか。しかし、後ろを振り向くことができない。
 レフティは続けざま、矢を放ってきている。カインが叫んだ。
「エーベル! 後ろに回れ!」
 エーベルが彼の声を聞き、瞬時に反応しようとした時。女の悲鳴が辺り一面に響いた。
「きゃあああっ!」
「フラン!」
 若い男がひとり、フランとエレーナに向って銀色の短剣を振り上げていた。疾走したエーベルが、男の首を撥ね飛ばす。そして彼は、二人の姿を術によって消そうとした。
 しかし、女たちの身が消えない。愕然としたエーベルは、カインの声で我に返った。
「逃げろ!」
 叫んだカインの脳裏、魔族の掟が浮かぶ。
 死ぬ運命の者を生かし、歴史の流れを変えた魔族には相応の報いが待っている。しかも、本人の精神が一番脆くなるところで報いは具現化する。
 エーベルは顔をこわばらせ、女二人を背に隠す。女王の小さな声が聞こえる。
「わたしたちは、大丈夫です」
 彼は首だけで振り向いた。
 女王はブラウスの胸元に手を当てている。彼女たちは唇を結んで頷く。彼は前を向き、剣を振り上げてきた男の胴を薙ぎ払った。
 エーベルは女たちから身を離さずに、男たちを討ち続けていた。カインもそれに加勢し、レフティからの矢を払いながら剣を振るう。
 レフティが馬上から、彼らを激しい憎しみをたたえた目で見据えている。彼は背後の部下から、一本の槍を受け取った。
 フラン、エレーナ。よりにもよって、ここにいたのか。
 レフティは体中に沸き立つ憎悪を込めた槍を投げる。それはまっすぐにフランの胸を狙った。カインが横に跳び、槍の柄を斬り落とす。
 槍の石突きが転んだフランのワンピース越しに、深々と地に刺さる。彼女は叫んだ。
「エレーナさま! 逃げてください!」
 女王はフランのワンピースの裾に刺さった槍の先端に手をかける。が、彼女はあまりにも非力すぎた。エーベルがそちらを見遣る。
「エレーナさま! 逃げて!」
 フランが叫んだのと同時、動揺したエーベルの背中に次の槍が向かう。カインが叫ぶ。
「消えろ!」
 瞬時に槍は消えた。しかし、彼らの隙をつく者がいる。駈け抜けた男が女王を素早く後ろ手にとらえ、フランから引き剥がした。
「その女も殺してしまえ!」
 レフティの声にエーベルの業火が燃え上がった。彼は振り向き、その手から剣を放つ。剣がまっすぐに男の肺腑を抉っていく。
「許さん……!」
 倒れた男から剣を引き抜いた時だ。逃げるフランが腕を捕られているのが目に入った。エーベルは彼女の腕をつかんだ男に向い、ふたたび剣を放つ。男の脳天が一撃で割れた。
 エレーナは後ろに向かって駈け出している。
「エレーナさま!」
 カインが女王の後を追う。その時、レフティの馬がエレーナの前に立ちはだかった。女王は顔を上げ、彼の顔を凝視する。
 レフティが悠然と馬から降り、剣を抜いた。
「女王は生かしておけ。それ以外は用がない」
 エレーナが怒りのこもった眼差しで、彼を見上げた。レフティは凄惨な笑みを女王と、彼女の背後にいる彼らに向けた。
「貴様ら、それ以上動くな。動くとエレーナを斬り捨てる」
 彼はそう言ってエレーナの腕を乱暴につかみ、次に頬を力一杯に平手で打った。
「あ……っ!」
 エレーナ女王が皆の目前で倒れる。
 レフティはカインを見据え、彼女の体を引き起こした。女王はふらつく足で一瞬振り向き、カインに視線を投げた。
 彼ら二人は息を呑んだ。エレーナは、手を出すなと言いたいのだ。
 レフティがカインを見据えながら、彼女を横へと押しやる。
「おまえから片付けてやるよ!」
 カインも彼から目を外さず、手から剣を離して地に落とす。一瞬、レフティの心が揺れる。次の刹那、彼は大きく目を剥いた。
 レフティは愕然とした表情で胸元を見た。背後から深々と短剣が刺さっている。
 ぐっ、と渾身の力が更に、かけられたような気がした。
「なっ……!」
 彼は赤い血を吸った黄金色の刃先を目に焼き付けた。直後、前のめりに倒れていく。
 そこにエレーナがいる。
 彼女は涙を一粒、大地にこぼした。



 ――数ヵ月後。

 教会長が目に涙を滲ませながら、ふた組の男女に冠を授けている。
 木造の広い礼拝堂の前方には、小さなランプがある。そこには聖職者が暴動の最中でも必死で守り続けてきた、ともしびがあった。
 エレーナは白のワンピースを身に着けていた。彼女の隣にはカインが、紺の詰襟チュニックを着て立っている。
 その隣にはカインたちと同じ服装の、エーベルとフランがいた。
 簡素な式である。
 祝福の言葉を受け終わった女王が頬を染めたまま、皆に体を向ける。彼女は言った。
「今日をルーンケルンの、あたらしい建国記念日といたします」
 礼拝堂にいた民のひとりひとりが、彼らにあたたかい喜びの拍手を送る。
 それはいつまでも鳴り止むことがなかった。


                                      (了)

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魔王に抱かれた私……60 

[ 魔王に抱かれた私――優美香]

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60、潮の行方・3

 カインはエレーナと二人、見覚えのある峠の木陰に立っている。カインは彼女を気遣いながら、指を差した。
「あちらの方が呪術師たちの自治区です。おそらく我々は、そこに行き着くまでに彼に会うでしょう」
 彼が示した木漏れ陽の揺れる先には、女王の目からも澱んだ気に満ちていることが見て取れた。
 彼女は周りを見回し、小さくため息をつく。アネイリ国王に招かれ、馬車に揺られて宮殿に向かうまでの記憶がよみがえる。
 あの時、この人を信じていられたらよかった。そうしたら自国は今頃、混乱を避けられていたのかもしれない。
 カインは長い睫毛を伏せた女王に言った。
「過ぎたことは、お忘れになりますように」
 エレーナは顔を上げ、彼が差した方向を見る。
「そうね、するべきことをしなくては」
 彼女はきっぱりと前を向いた。
 父が守り抜いてきた国家が危険に晒されている。ちっぽけな後悔にとらわれている暇はない。
「カインがいてくれるから、大丈夫ですね」
 彼は一瞬戸惑ったが、彼女に大きく顔をほころばせてみせた。エレーナはルーンケルンを混乱に陥れた元凶の呪術師を討つために|囮《おとり》になることを決めた人だ。二人で傷ひとつなく、エーベルたちが待つ場所に帰らなければ。……そう思うと、カインの心にも闘志が湧いた。
 しかし彼は同時に、この地に降り立った時から流れる空気の異様さを感じ取っている。ひたひたと足元にまとわりつく、重い泥のような違和感だ。それは風が吹くたびに嵩を増し、濃く立ちこめはじめていた。
 カインは少しでも邪気を払うため、ぱちんと指を鳴らす。右手に、黄金色の鞘に包まれた短剣が現れる。|柄《つか》は彼の目と同じ鳶色をしている。
 彼はその短剣を、両手で女王へと差し出した。
「わたしの力が篭っている守り刀です。懐に入れてください」
「ありがとう」
 エレーナは顔をこわばらせ、彼から短剣を受け取った。彼女は固い笑みを浮かべ、言われた通りに胸元に入れる。
 澱のような空気が更に増してきていた。カインは女王の後ろを歩き、目的地に向かう。
 生暖かい風が吹く。
 がさっ、と木が大きく揺れる音がした。
 カインが振り向くと、そこに引き締まった肩口から黒い布を纏った男が一人立っている。背丈は彼より、やや低い。鼻から顎にかけて、同じ黒い布で覆っていた。
 男は切れ長の目を細め、二人の姿を見比べた。カインたちに、男のくぐもった声がする。
「待っていたよ、魔王」
 そう言った男は右手を高く掲げた。一瞬にして空の色が真っ暗に変わった。男の手には銀色に光る剣がある。
 カインも無言で目を光らせ、大きく右手を伸ばす。男に向かって構えた時には、黄金色の剣を携えていた。
「さっそくのご歓迎に礼を言う」
 彼は左手でエレーナを引き寄せ、顎を上げて男を睨んだ。
「ひとつ聞いておく。西に住む呪術師は陽の高いうちは、術を使わぬのではなかったか」
 男は彼を鼻先で嘲り笑う。
「裏切り者には話は別だ」
 裏切り者、と呼ばれたカインの心に業火がともる。同じ魔族なのにエレーナを生き延びさせて歴史を改ざんし、あろうことか呪術師に不利な未来を作っていると言われているのだ。
「それならこちらも存分にやらせてもらう」
 彼と男は同時に跳び上がる。高く飛んだ空の上、男は斬撃をカインの左側に繰り出してくる。エレーナが息を詰める気配がした。カインは身を翻して男の背を狙い、右手で剣を振り下ろす。
 すると男は振り向きざま、彼の剣を払ってくる。カインはたじろがず、払われた剣で男の喉元を狙って突きこんだ。
「おっと!」
 男も負けじと体を外し、更に高く跳び上がる。逆にカインは大地に降りた。上空から、高らかに男の嗤う声がする。
「魔王も衰えたな」
 彼は真上に浮いた、剣を振りかざしている男を見定めた。
「来いよ。叩き斬ってやる」
「行くぞ……!」
 男は勢いよく剣を振り下ろしてくる。カインはそれを頭上で受け止めて払い、間髪入れず相手の胴を真っ二つに切り裂いた。しかし、地上に転がるはずの上半身だけは浮き上がり、ふたたびこちらに向かって前進してくる。
 迎え討つカインは全力で踏み込み、標的の斜め下から心臓を裂くように斬り上げる。男は口から血を吐き、仰向けにひっくり返っていく。
 どうやら悠長に女王を隠す場所を探している時間はなさそうだ。彼は左手で抱きかかえた彼女の額にくちづけ、さきほど二人が降り立ったらしき木陰を見遣る。
 エレーナの姿が消えると同時、背後からシワがれた声がした。
「魔剣の威力、見せていただきました」
 振り向くと、青白い光の球がぽっかり浮かんでいた。中に姑息な笑みをたたえる赤い目をした老人がいる。白髪を短く刈り、腰が大きく曲がった姿の老人は、こちらを上目遣いで見つめていた。
「まあ、さっきの彼も満足でしょう。前世で魔王に親を殺されたとか言っておりましたものですから、私の尖兵として出てもらったわけで。いや、さすがです。わたしも戦い甲斐があるというもの」
 カインは呪術師の劣等感を瞬時に見抜く。
 彼は目を細め、老人を軽く煽る。エレーナを隠した場所へと、少しでも老人の意識が向かうのを防ぐために。
「死ぬ前に、よく喋る年寄りだな。命乞いでもしたらどうだ」
 老人は赤目を光らせた。いつのまにかカインの周りを、黒ずくめの剣を構えた男が幾人も取り囲んでいる。彼は気配で感じ取る。その数、二十人にも満たない。
「命乞いをするのは、魔王の方でしょう? わたしは運命の必然に従っているだけだ」
 カインは老人を鼻先で笑った。
「なにを言いたいのか。……呪術師も年寄りになると、自分で話していることがわからなくなるらしい。可哀想に」
 彼はなおも嘲笑を重ね、語気を強める。
「老いぼれに最期の言葉を吐かせてやるよ」
 老人は顔をこわばらせ眉を吊り上げた。
「死ぬ運命の者に|現《うつつ》を抜かし、延命させ「善人になりたい」などとほざく魔王などおらぬ方がよい! それならいっそ、わたしがおまえに成り代わってやるわ!」
 カインの口元に凄絶な笑みが浮かんだ。奴の本音はそこか、と思い至ったのだ。我欲のために、レフティを自分の傀儡にしたかったのか、と。
 老人の罵声を合図にしたかのように黒づくめの男たちが、彼に向かって襲いかかってくる。カインは臆せず前に踏み込み、ひとりの男の首を撥ねた。
 襲撃者を屠るたび、彼の剣は光を増して猛威を奮う。叫び声を上げて横薙ぎにして来る者がいる。彼は身を翻し、相手の脳天へと剣を叩き落とす。と同時、男の割れた頭から火が激しく吹き出していく。
 老人のしわがれた大声が辺りに響く。
「頭や心臓を斬られるな!」
「馬鹿め。わたしに敵う者などいるはずがない」
 彼はそう言い、目の前を飛び上がった相手のくるぶしを切り落とす。激しく燃える炎は、足元から一直線に心臓を直撃する。
 男は絶命する直前に老人を振り向き、叫んだ。
「早くお逃げに……!」
 顔を上げたカインの視界、老人が愕然とした表情で後ずさっていた。瞬時にカインは呪術師の背後に回る。
 彼は老人の首に腕をかけた。その腕に力を込めて顎を上げさせ、剣の切っ先を突き立てる。
「ぐっ……!」
 老呪術師は呻き、逃げようとする。が、カインの腕がぎりぎりと彼の首を締め上げていた。
「おまえごとき、わたしに敵うはずがないんだよ」
 老人は目を剥き出しにして彼を睨み、死力を振り絞る。生涯最後の呪いのために。
「き、貴様などに……」
 カインはその言葉を遮る。負の連鎖など真っ平御免だ。
「おまえにくれてやる未来などない」
 彼が言い終わるや否や、魔剣は獲物の喉笛を引き裂いた。呪術師の喉元から、勢いよく赤い血がほとばしる。
 真っ暗だった空に、陽の光が戻りはじめる。
 カインは木陰で立ちすくむエレーナを見つけた。彼女の顔はこわばり、カインをまっすぐ見てはいるが言葉が出てこない様子に見える。
 彼も、そんな女王になんと言えばいいのか迷った。エレーナは小さく息を吸い、カインの胸に黙って頭をつける。
 彼は無言で女王を抱き寄せた。彼女はカインを見上げ、ほっとしたようなため息をついた。
「……カイン?」
 カインはエレーナを覗き込んだ。
「なんでしょう」
「さっき、あの老人が言っていたことは本当ですか?」
「言っていたこと、とは?」
「死ぬ運命の者に現を抜かし、延命……と。わたしは元々、そういう人間だったのですか」
 彼は女王を抱いた腕に力を篭めた。
「そうだったかもしれません。でも、エーベルも言っていたではないですか。新しい運命を作って……だったか」
「ええ」
 カインはエレーナの大きな黒い瞳を見つめる。
「それでいいんですよ、きっと。彼の言う通りなんです」
 二人はどちらからともなく、唇を重ね合わせた。長いくちづけの後、カインは言った。
「ここ数日のお疲れもありますでしょう、どこかでお休みになりませんか」
 女王は素直に頷いた。

 二人は今、小さな宿屋の一室にいる。
 カインはエレーナをベッドに寝かせ、自分はベッドに背中をもたれかけさせた。彼女が起きたら、すぐにルーンケルンに連れて行こうと思いつつ。
 仰向けに寝ているはずの、女王の細い声がする。
「カイン」
「はい?」
 彼が顔だけ振り向くと、恥ずかしそうなエレーナの表情があった。
「どうなさいました」
「添い寝してください」
 カインは驚いて、手だけを横に振った。
「だめです。それではあなたの疲れが取れません」
「小さな頃は、よく一緒に昼寝してくれたではないですか」
 彼は言葉に詰まった。こんなところで女王に添い寝などしたら、理性を抑えきれなくなるのに決まっている。
 エレーナは大きな瞳を濡らし、小さな赤い唇を開いた。
「わたしには逆らわないって、船で言ったくせに」
 苦笑したカインは立ち上がる。彼女がまばたきもせずに、こちらを見ていた。
 彼が静かに毛布をめくった時、エレーナがもどかしそうに両腕を伸ばしてくる。カインも応えるように彼女を抱きしめた。
 最愛の女性が頬を上気させ目を閉じる。カインはエレーナと唇を合わせ、幾度も舌を絡め合った。彼女の息が、少しずつ上がりはじめている。
 いつのまにかエレーナが、彼の背中をおずおずと撫でていた。気づいたカインも、彼女の背中をいたわるように撫でる。
「これでは添い寝にならないですね」
 女王は頬を赤く染め、不器用な指先でシャツのボタンを外しはじめる。
「エレーナさま……?」
 彼女は一度こちらを見上げ、彼の首に唇を押し当てた。
「わたしが……カインのことを癒して、添い寝してあげたいのです」
 つぶやきにも似た小さな声が、彼から理性を吹き飛ばす。カインはエレーナの手首をつかんだ。
 彼女の体を仰向けにさせ、静かに覆いかぶさる。エレーナの閉じた睫毛が震えているのが、彼にはわかる。
「怖がらないで」
 カインのひそやかな声が彼女の耳に流される。エレーナは彼に従った。
 やがて部屋の中に、互いの舌を絡め合っては離す音が満ちていく。彼女はカインのシャツを脱がしながら、彼はエレーナのブラウスを剥ぎ取りながら、幾度も舌を絡め合う。
 二人とも生まれたままの姿になった。
 カインの手が彼女の素肌を撫でるたび、真っ白い肢体が震えた。柔らかい乳房を口に含み、桜色の乳首を舌で転がしてやると、エレーナは背中を反らして身を預ける。
 お互いに存在を確かめあい、全身に唇を押し当てたあった末。
 カインは仰向けにしたエレーナの体の上に乗っていた。彼女の裂け目を指で撫でて舌を延べ、エレーナは喘ぎながら彼の逞しい肉根を口に含んでいる。
 彼女はカインから与えられる快感に、耐えられなくなってきていた。
「んんっ……! ぅぅうっ! ……ああ、あああんんんっ! あああん! カ、カインーーーーっ!」
 カインは構わずにエレーナの中に指を挿し入れていく。指を動かしながら彼は口を拭い、悲鳴を上げる彼女の唇を自らの唇で塞いだ。
 舌を絡めている最中、彼女が虚ろな目を開ける。彼はますます指の動きを加速させた。
「あううーーーーっ!」
 エレーナが彼から唇を外して鳴きながら、朦朧とした目で首を横に振り続ける。その瞳には幸福感に包まれた、カイン自身が映っていた。
「もっとエレーナの可愛い顔が見たい……」
 卑猥な水音とカイン自身の吐息の中、女王が細く小刻みに鳴き続ける声が混じり合う。カインが指先に力を篭めるとすぐ、エレーナは身を震わせて力尽きた。
 カインは彼女のすべてをいたわり、愛したいと感じ続ける。静かに覆いかぶさり、彼は深々と愛しい女の体の中に身を沈めた。
 動くたびにエレーナの背中はしなる。彼はそれをがっしりと包み込み、ありったけの愛情を注ぎ続けた。

 カインは幾度もエレーナの中に精を放ち、彼女は打ち震えながらカインのすべてを受け入れ続けた。
 満ち足りた潮が引き、新しい朝が明けて行く。

 二人の目前に、最後の戦いが迫っている。

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魔王に抱かれた私……59 

[ 魔王に抱かれた私――優美香]

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59、潮の行方・2

 エーベルは立ち上がり、耳を澄ませた。自分たちが暮らしていた宮殿の隣に意識を向ける。教会のあった場所は、瓦礫だけになっていた。瞼を閉じれば、何人かの文官と教会長、神職に就く魔術師たちの気配がする。きっと集団で、ここまで移動する手段を考えているに違いない。
 エーベルは横に座っているフランが、こちらを見上げているのに気がついた。
「本当に、みんな無事なのね?」
 彼はわずかに目尻を下げた。
「ああ」
 彼女は一瞬、エーベルから視線を外す。しかし、すぐに彼を見上げた。
「宮殿の同僚や先輩たちの様子、視えるの?」
「安心して。さっきも言ったけど、レフティに抵抗しない限り、危害は与えられてはいない。きみの心配している人たちは、賢いから上手に振舞っている。全員、無事だ」
「そう」
 フランは立ち上がり、おぼつかない足取りで小屋の扉側へ歩いていく。見ると、焚き火の跡を片付けはじめている。彼女は胸当ての付いたエプロンに、燃えかすを丁寧に集めていた。
「手伝うよ」
「いいわよ、どうせすることないし」
「可愛くないな」
 彼女はエーベルが軽く言った言葉に、顔をこわばらせて横を向いた。
「ごめん」
 フランは黙々と燃えかすを集めてから、彼と目を合わさずに尋ねた。
「これ、どこに捨てたらいいの」
 捨てるもなにも、念じれば消えるものだ。エーベルは彼女に黙って笑いかけ、エプロンに集まった燃えかすに目を移す。
 瞬間、エプロンの上は空っぽだ。フランはなにひとつない、煤けて真っ黒になったエプロンを呆然と見つめた。
「どこに行っちゃったの、あれ」
「さあ」
 エーベルは彼女の手に目を留める。灰で汚れてしまった指先を見た時、心臓が大きく高鳴る自分を感じた。フランは彼が深緑色の瞳が大きく開き、こちらの手指を見ていることに気がつく。彼女は即座に、きびすを返した。
「手が洗えないって不便ね」
 フランの背中から、優しい声がする。
「見せてごらん」
 彼女はなにも言えなくなった。戸惑っているうちに、いつのまにかエーベルは目の前にいる。彼はフランをまっすぐ見つめながら、彼女の両手を取った。
「な、なにす……」
「働いている人の手だよね、きみの手は」
 フランは彼から目を背けた。
「日焼け跡も取れないし指の形も悪いし、爪も」
「わたしはそういう人が好きだよ」
 彼女がエーベルを、悲しそうな目で見返す。
「気休めでもうれしいわ、ありがとう」
「気休めじゃないよ」
 エーベルは激しく高鳴る鼓動を押さえ、なるべく息遣いを鎮めて彼女の手を撫でた。フランは彼の掌からもどかしそうに手を外そうとする。
 しかしエーベルの腕と胸板が、逃げようとする彼女を抱きすくめた。フランは目をしばたたかせ、彼の身から剥がれようと試みる。
 彼は腕に力を篭めた。
「お、おかしいよ。エーベル。こんなの」
「……黙ってろ」
 彼女が知っているエーベルの口調と違い、低く切なそうな言葉が聴こえる。フランが彼を見上げると、ぎゅっと目を瞑り、一所懸命になにかを堪えているような気がした。ふっ……と彼女は、体から力を抜いた。
 エーベルが、そっと唇を近づけようとする。フランが泣きそうな顔を背けた。
「そんな慰め方、おかしいよ」
 彼の頭の芯が、ぐらりと外れる。
「違う……」
 無理矢理フランにくちづける。思うまま、腕に力を込めて抱きしめていく。なんと言えば、この人に心が伝わるだろう。どうすれば、この人を癒せるのだろう。
 エーベルは逃れようとし続ける彼女をきつく抱きしめたまま、膝を崩している。長いくちづけは、破裂しそうな心臓に我慢を強いたものだ。
「どこにも行かせないからな」
 唇を離して一言、言ったきり。彼はふたたびフランの唇を強引に奪い続けた。
「だって……! 変、だよ、エ、エー……っ」
「黙ってろと言ったはずだ」
 エーベルはフランの背中を庇いながら、彼女を地面へと押し倒した。小さな悲鳴がする。彼はなおもフランを胸板で押し潰しながら、くちづけを繰り返した。自分の吐息が荒くなってくるのがわかる。
 ふと彼が顔を上げると、目を閉じて頬を真っ赤にしたフランがいた。どうにかして腕で、こちらを跳ねのけようとしているようだ。
 彼は頬を緩めた。
「無駄だよ、フラン」
 えっ、と怯えた彼女をぴったりと抱きしめ、エーベルは目を閉じた。次の瞬間、フランは驚き、気づく。ここは小屋の中だと。そして彼が、こちらを抱きかかえたまま、自分の下敷きになっていることも。
 あっ、と彼女が声を出す前に、エーベルはふたたびこちらを胸板の下に敷いていた。彼の唇だけがフランの唇に、何度も何度も押し当てられる。
「さ、さっき……っ。か、かわ……くないって……っ」
 両腕を開かれたフランは、上から降ってくる彼の唇から逃げ続けようとする。エーベルは彼女を抱きすくめたまま、無言で髪や額、頬に唇を押し当て続けた。
「や、やあ……っ」
 フランの心に、レフティの面影が不意に浮かぶ。
 ――あの人も確か、こんな風に。
 初めて彼に抱かれた夜も、なしくずしのままで流されたと思い出す。途切れ途切れに浮かぶ記憶の断片が、彼女の気持ちを締めつけた。
 エーベルの唇があちこちに降ってくるたび、あの夜の情景が浮かんでくる。思い返せば奈落の底に突き落とされそうだ。……しかし彼女は気づく。
 エーベルは、唇を押し当てる以上のことはしてこない。
 今ならまだ、友だちに戻れるかもしれない。そう思った彼女は必死で目を開け、彼に懇願した。
「やめ……」
 エーベルは彼女の心を知っている。彼はかぶりを振り、フランの額にくちづけた。
「わたしはあの男と違う」
 フランは目を閉じた。ふたたび涙が流れて止まらなくなる。
 エーベルは彼女にかける力を緩めた。それから丁寧に、フランの涙を唇で拭いながら告げた。
「ねえフラン。……誰かの代わりになんか、ならなくていいんだよ」
 意味を悟った彼女は、堰を切ったように声を上げて泣き出した。エーベルにはフランの心情が、痛いほどわかる。
 彼は相手にくちづけるのを止め、抱きしめながら髪を撫で続ける。辛抱強くフランの泣き止むまで、そのままの姿勢で待っていた。ほどなくして、フランがしゃくりあげながら、こちらを見ていることに気づく。
「慰めてくれて、ありがとう……」
 エーベルはフランを見つめた。
「こんなこと慰めで、わたしにはできない。わたしはカインさまのように、強い理性を保っていられるような男ではないんだ」
 相手の息を吸う音が大きく震える。彼は言った。
「わたしも、わたし自身を見てほしい……」
 そして彼はフランと唇を合わせ、静かに舌を差し伸べる。彼女の背中が大きく跳ねようとするのを、しっかりと抱きかかえながら。
 エーベルは彼女から唇を離し、そっと右手を重ねて指を絡めた。
「あなたが愛しいよ」
 彼はそう言って、フランにふたたび唇を重ね合わせる。彼女は体を固くしながらも、エーベルの舌を受け入れた。
 エーベルが唇を離すと、フランがぽつんと言った。
「友だちだと思っていたのに」
 彼はなにも言わず、腕の中の女を抱きしめた。
 ふたりは互いに怯えながら、舌を絡め合わせる。静かな小屋の中、何度か唇を離す音がした。彼はフランの首に唇を這わせ、丁寧に柔らかい素肌を舌で撫でていく。びくん、と彼女の体が震えるたびに、右手を固くつなぎ、左手では髪や頬を撫でている。
 エーベルはフランの素肌に唇をつけながら、ワンピースもエプロンを引き剥がした。そして、乳房を覆うブラジャーも。
 彼は小刻みに震える彼女の両の乳房を目にして、自然と吐息が荒くなる。片手で乳房を包んだエーベルは、もう片方の乳房に吸い付いた。
「ああ……」
 フランが幾度も身を震わせながら、諦めたような声を上げる。逃れようとしても、エーベルの手指や唇が赦してくれないのだ。
 今までに経験したことのない、優しい心が伝わってくる愛撫だった。エーベルから伝わるすべてが、フランを激しく怯えさせ、萎縮させていく。
「も、もう、怖い……」
 彼女はそう言って身をこわばらせながら、目を開けた。エーベルは柔らかくフランの額に触れる。
「怖いままでいい。今から『彼』を忘れさせてみせるから」
 彼はあらためて、愛おしい女にくちづけをした。レフティと真逆のセックスをしようと思ったら、決してできないことはない。
 しかしエーベルは優しく、彼女の柔らかい体に触れたかった。フランが体を震わせるたびに、きつく抱きしめていたかった。
 彼は時間をかけてフランの体のこわばりをほどいていくごと、つないでいる手に力を篭めた。やがてフランの息が細かく上がっていく。
 いつしかエーベルはぬかるんだ彼女の大事な所を、唇と指先で丁寧に愛でている。
 既にフランの意識は激しく混濁し続け、壊れかけていた。彼女はいつから堪えきれない鳴き声を上げていたのか、思い出せないほど彼に翻弄されている。
「あぁ! ああ……ぁっ、あ! あ……あああ、あはあぁぁぁ……っ!」
 小屋の中には、何度もフランの声が響いていた。
 彼女は優しさのこもった愛撫を延々と受け、何度か呻き声を上げて尽きていた。フランのすっかり壊れてしまった心に、あたたかい声が響く。
「おいで。フラン」
 エーベルの背中に彼女の腕が緩く巻きつく。彼は互いの素肌がしっとりと重なりあったのを確かめた後、ゆっくりとフランの中に入っていった。
 エーベルは彼女の体の奥深くまで自分を沈めた。フランは押し寄せる快感に耐え切れない。身を大きく震わせ、エーベルにしがみつく。
 彼は鳴き声を吸い取るように唇を重ねる。そしてエーベルは自分の心が彼女を欲しがるのに任せ、力強くフランを導き続けた。
「もっとわたしに堕ちてこいよ、もっとだ」
「あああっ、あぁ! も、もうだめ、もうだめえっ、あ、ああああん! あぁ……っ!」
 エーベルは彼女をがっしり組み敷いたまま、乳房を弄び、うなじを味わう。フランの体が火照って、真っ赤に染まっていた。彼もまた、気が狂いそうな快感に全身を貫かれている。彼女は幾度も、エーベルによって呻きの果てに弛緩した。
 彼は射精の時が近いことを感じた。胸の下で、がくがく震えるフランの髪を優しく撫でる。
「あなたの未来も、わたしがもらうよ。いいね」
 エーベルは無抵抗に成り果てたフランの体に、大きくうねりをつけて幾度も己を叩きつけた。彼女の唇から漏れる悲鳴は、彼の唇と舌が絡め取っていく。逃れる先をなくした快感が、フランの体の隅々で爆ぜる。
「ん、んぅぅーーーーっ!」
 愛しい女の呻き声が至福の響きに聴こえる。
 エーベルは痺れるような快感の中、彼女の体内の奥深くに真っ白い精を注ぎ込む。フランは激しく弛緩しながら気を失った。
 彼はそのまま、彼女の頬を軽く掌で包みこんでいた。やがてフランの浅い呼吸が戻ってきたことを感じ、愛おしむように腕や肩に触れていく。
 エーベルの耳に、かぼそい声が聴こえる。
「あ……。あたたかい。エーベルの、からだ……」
 エーベルは微笑み、最後まで聞き取らずに丁寧に彼女と舌を絡めた。自分がまだ深く沈む彼女の体は、熱いうるみを湛えて震え続けている。
「我慢できない……」
 彼はこらえきれずに、ゆっくりと動き出していく。
「あ、も、もう……っ! あぁぁっ! そ、そん……っ! あううぅっ!」
「……なに?」
「き、きつい……っ、ああん! きついよぅ……っ! あ、ああっ!」
「これが……。わたしなんだよ」
 彼の言葉を耳から流されたフランの体が、深く諦めたように脱力する。彼女はふたたび、彼の力強い優しさにまみれながら堕ちていく。
 エーベルは何度もフランに愛情のしるしを放ちながら、あたらしく生まれ変わっていく自分を感じた。

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魔王に抱かれた私……58 

[ 魔王に抱かれた私――優美香]

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58、潮の行方・1

 エレーナの眼前、額を地に着けたカインがいる。彼は女王に告白を続けていた。
「あの日、わたしとエーベルはルーンケルンの最南端にいました。海に散らばる諸島のうち、この大陸から一番離れたところです」
「そこに……わたしの曽祖父もいたのですね」
 彼はエレーナの問いに地に額をつけたまま、声を詰まらせる。
「……わたしが国中の呪術師を扇動して人心を翻弄し、曽祖父さまの失脚を企てました」

 ・・・

 当時のルーンケルンは、貧しいながらも平和そのものの国だった。東西の大陸との行き来もあまりなく、人々は素朴に日々の暮らしを過ごしていた国だったのだ。
 そこに魔王は目をつけた。四方を海に囲まれた海洋国家を上手く使えば、新天地として未来永劫に栄えさせることができる。既に東の大陸を手中に収めた魔王に、迷いはなかった。
 ルーンケルンを取り囲む海は、天然の城壁になる。外敵の脅威は受けにくい。それだけでも十分な価値があった。
 それ以上にカインには、なぜかルーンケルンには心が傾いていた。地図を見るたびに、いつも不思議な衝動にかられていた。一刻も早く、あの大地や海を手に入れなければならない。あの地を踏めば、大きくなにかが開けそうな気がする、と。
 側近でもあるエーベル以外には、心を悟られぬよう綿密な準備を重ねた。東西から呪術師を集結させ、人心を扇動させるように。
 そして遂にルーンケルン大陸の国民が皆、国王に背くことに成功させた。細々と交易をしていた東西の王室も魔王によって潰えている。
 誰ひとりとして、ルーンケルン王族の味方になる人間はいないと思われていた。言うなれば袋の鼠だ。
 機は熟した。
 そう考えたカインは水晶玉を覗き込み、うっすらと口元を緩める。
「ほう、なんとか自力で島にたどり着いたと見える」
 国王家族は高台の宮殿から暗殺者の追っ手を逃れ、命からがら諸島最南端に着いていた。大きな風が吹けば、あっけなく転覆してしまいそうな漁船が岸辺に泊まっている。
 水晶玉は長く白い砂浜を映していく。腰布だけを巻きつけた背の高い痩せた男が、後ろに続く女を気遣いながら歩む。今にも折れそうな細い背中の女は、両手になにかを抱いているようにも見えた。
 エーベルがカインと玉を見比べ、含み笑いを交わした。
「こんな面倒なことをしなくても、すぐに殺そうと思えば殺せるのに。あなたは残酷ですね」
「命乞いをする人間の姿を見るのが興味深いよ。追い詰めれば追い詰めるほど、彼らの本性が現れる」
「本性、ねえ」
 カインは目を細め、底意地の悪い笑みを浮かべた友を見る。|生々世々《しょうじょうよよ》、自分と共にあらゆる快楽を貪り尽くしてきた男だ。互いの考えは手に取るようにわかる。
「そろそろ『あの男』も出て来る頃だと思いますよ? ほら、あの船の後ろ、誰も乗っていない幽霊船が流れ着いている」
 エーベルが愉快そうに水晶玉の中を指差した。カインが眉をひそめて海辺を見ると、確かに国王たちが乗ってきた漁船と同じような船が打ち上げられている。
「人間のくせに、やたら意志だけは固い『戦士』だったか。まさか、本当に亡霊になどなっていないだろうな」
 エーベルが目を細める。
「船底に隠れていたりするかもしれませんよ」
「まさか」
 彼もまた、戦士など歯牙にもかけぬと思っていた。
「馬鹿馬鹿しい、なにが戦士だ。国王もろとも潰してやるわ」
 カインは吐き捨てるように言い残し、エーベルに目線を流して消える。残された友は後を追った。

 二人は空の上から、砂浜を歩く国王親子を見ている。女王は白い布にくるんだ赤子を抱いていた。
 いつしか国王親子の周りには、老いた島民たちが集まってきている。彼らの身なりは貧しかったが、一人ひとりが優しく国王と妻をいたわっていた。
 島民たちが王のために用意しているらしい住居の方角へと、皆が移動しはじめてからまもなく。カインとエーベルは、皆の前に音もなく現れる。
 カインは腰の剣を抜き、民の集団の中にいる国王を見据えた。
「ルーンケルン国王だな?」
 国王は茶色の瞳を大きく見開く。
「おまえは……まさか?」
「そう、その『まさか』だよ。おまえが待ち焦がれていた魔王だ」
 カインが言った途端、島民たちは青ざめて悲鳴を上げた。逃げようとするが、集団の後方にはエーベルが剣を構えている。
 国王は叫んだ。
「民には、なんの罪もないではないか!」
 エーベルが鼻を鳴らした。
「おまえの巻き添えになって死ぬんだよ、さっさと我々に国を渡さなかった罰だ」
 ひとりの男が猛然とエーベルに喰ってかかる。
「陛下を騙してきたのは、おまえらなんだな!」
 彼は物も言わずに、その男の体の横から斬りつける。悲鳴を上げる間もなく、男は地に倒れた。
 恐怖に怯える一行に、魔王の冷たい声が聞こえる。
「歯向かう者は、こうなるんだ。死にたくなければ王に願えよ。ルーンケルンを、魔族の物にしてくれとな」
 国王が島民たちを押しのけ、カインを憤怒の形相で睨みつけた。
「わたしの民を貶めた罪は許さぬ!」
 地を踏みしめたカインは国王を眺め、せせら笑う。
「清廉潔白だけで、のうのうと生きてこれたのが幸運だったということだ。些細な悪意さえも見抜けない性分と、己の運命を恨むがいい」
 ぐっと怒りをこらえた国王の、茶色い髪が風になびく。その時、赤子が火のついたように泣き出した。国王がちら、と背後に意識だけを移した時だ。
「喰らえ!」
 虚を突いたカインが駆け抜けた。次の瞬間、国王の首が飛ぶ。辺りには血しぶきが飛び散った。遺された島民と女王が叫び、逃げ出していく。
 だが、エーベルは剣の刃先を女王の額へと、ぴたりと据えた。彼女は胸の赤子を抱きしめる。エーベルが、こちらにやってきたカインに身を譲る。
 カインが女王と赤子を見下ろす。
「我らの慰み者になれば、お前も赤子も助けてやろう」
「夫と共に殺すがいい!」
 彼は腰を屈め、女王の顎をつかんだ。
「いい度胸だ。赤子と一緒に夫の元へ送ってやる」
 カインがそう言い、女王の胸に抱かれた赤子を見た。まぶしそうに彼を見つめ、目を細めていた赤子が突然に笑いかけて片手を伸ばす。
 魔王の時間が止まった。
 ――この子は!
 ほんのわずかな間に、彼の流転の魂の記憶が開く。今までにたった一人、自分を怖がらずに無条件に笑いかけてくれた人がいた。ほのかに灯った、温かくて照れくさい気持ちを味あわせてくれた人がいた。
 たった一人「どんな災いもはね返す強い子になるように」と、他者を護る術がないのにもかかわらず心から祈った人がいた。
 エーベルがカインの異変に気づく。振り向いた彼は魔王と赤子を見て、すぐに悟った。
「おまえが、まさか。こんな形で」
 それきり絶句した魔王の隣、なにかが風を切る音がした。一拍置いて、エーベルの呻く声がする。カインは顔を上げた。
 そこには呆然とした友が、右胸から長く突き出た血に濡れた矢のシャフトを見ている。
「なっ……!」
 反対側を見ると浜辺を背にした戦士がいた。彼は素早く背中から矢を取り、こちらに向けて弓を引き絞っている。
 仁王立ちのエーベルは忌々しそうに戦士を睨む。彼は背中に手を回し、矢羽根からそれを引き抜こうとした。しかし、次の矢が彼の喉笛を貫いていく。
「エーベル!」
 カインが叫んで女王を突き飛ばし、大きく手を振り上げた。魔王の手にはクロスボウが握られる。
 勢い良く突き飛ばされた彼女の腕から、赤子が白い砂の上に放り出される。カインは女王に思わず叫ぶ。
「伏せろ!」
 力尽きて倒れるエーベルの胸板が、立ち上がろうとした女王の背中を押し潰す。前方を見れば、戦士がじりじりと間を詰めていた。
「おのれ……!」
 魔王の視界に、赤子が女王にすがりつこうとしている姿が見える。彼は赤子を守るように、大きく一歩後ろに下がる。
 カインは相手に向かって叫んだ。
「女子供を、ここから逃がしてからだ! 我々の対決に邪魔な者は要らぬ!」
 近寄る戦士が、高らかに笑う声が大地に響く。
「なにを今さら善人ぶってやがる! その女子供も今まで殺してきた貴様が!」
 カインは戦士の言葉に驚き、彼を凝視する。魔王の頭の中では、様々な感情が目まぐるしく回っていた。

 善人……?
 ああ、そうか。あの戦士のように他者を守り、命を捨てることも惜しまぬことを善と呼ぶのか。

 もうこれで、わたしも尽きるのだろう。わたし自身の、この子にかけていた祈りによって。

 今度こそ、わたしは生まれ変わりたい。今度こそ。

 なぜかカインの目から熱いものが、はらはらとこぼれ落ちる。訳もわからぬうち、彼は片手でエーベルの体と赤子を抱き寄せていた。
 背後では戦士が剣を抜く音がする。
「次に生まれてくる時は、本当の善人になりたい。善人になった姿で、おまえたちとふたたび、めぐり逢いたい」
 ――どんな災いにも負けない、強い子になりますように――

「善人になりたいなどと、笑わせるな!」
 つぶやいた魔王の背中を、戦士が深々と切り裂いていく。

 ・・・

 山の高台に朝陽が昇りはじめている。瞼を開けたカインは、触れている地面の温度が変わっていたことに気づく。
 目の前にはエレーナの白く細い足首があった。彼の耳に、女王の小さな声がする。
「顔を上げてください、カイン」
 カインは唇を結び、顔を上げた。エレーナが目に涙をいっぱい溜めて、こちらを見ている。彼は両膝を着いたまま後ずさった。
「わたしは奪った赤子が亡くなった時に、心に穴が開きました。はじめて感じた悲しみでした。人の気持ちが理解できたと思ったのも束の間、魔王として世界に君臨することを繰り返していただけの男です。あなたの曽祖父さまを討った時、あの時の赤子がすぐそばにいることに気がつかなければ、今生も同じ過ちを繰り返していたでしょう」
 エレーナ女王がカインに大きくかぶりを振って、いざり寄る。
「……ずっと前から、カインはわたしの側にいてくれています」
 彼は深くうなだれた。
「デメテール陛下に目通りして今のあなたにお会いした時に、魔王が覚醒したのです。今でも覚えています。陛下に『チャンスをくださいまして、ありがとうございます』と申し上げたことを」
「チャンス……?」
「そう。わたしは善人になりたかった。使える力をすべて封印して、普通の男としてあなたをお守りしたかった。今度こそ、生まれ変わりたいと願ったんです。自ら立てた誓いを大きく破った戴冠式の日から、そんなことを願う資格を失ったのかもしれません」
 カインが力なく立ち上がり、エレーナに背中を向けた。
「虫がいいことは承知しています。わたしとエーベルが、あなたの曽祖父さまを陥れてルーンケルン王族の血脈を根絶やしにしようと企んだ。なによりも、その遥か前に……ご両親を殺め、あなたを兄から引き剥がした。わたしが攫ってしまわなければ、わたしと出会ってしまわなければ、当時から天命を全うできる人生を送れていたのかもしれない。わたしの祈りが、それから先のあなたの輪廻を邪魔しなかったかもしれない。わたしこそ、あなたを裏切り続けてきた元凶なのだと思います。レフティがわたしを恨み続けても無理はない」
 彼は深く頭を垂れた。やがて背後から、あたたかくこちらを包み込む存在を感じる。彼女は、カインの背中に強く頬を押し当てた。
「……贖罪の気持ちだけでは、父やわたしの近くには居られなかったのではないですか?」
 振り向いた彼をエレーナが、涙をぽろぽろこぼして見上げていた。カインは俯き、掌を額に当てる。
「今でもわからないのです。なぜ、誰からも恐れられていた魔王に、あの赤子だけが笑いかけて懐いてくれたのか」
 彼女はまばたきをし、無理矢理に笑顔を作る。
「それも、わたしたちの必然なのかもしれません」
 二人は見つめ合い、それから静かに抱き合い続けた。

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魔王に抱かれた私……57 

[ 魔王に抱かれた私――優美香]

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57、告解・2


 エレーナの眼前、額を地に着けたカインがいる。彼は女王に告白を続けていた。
「あの日、わたしとエーベルはルーンケルンの最南端にいました。海に散らばる諸島のうち、この大陸から一番離れたところです」
「そこに……わたしの曽祖父もいたのですね」
 彼はエレーナの問いに地に額をつけたまま、声を詰まらせる。
「……わたしが国中の呪術師を扇動して人心を翻弄し、曽祖父さまの失脚を企てました」

 ・・・

 当時のルーンケルンは、貧しいながらも平和そのものの国だった。東西の大陸との行き来もあまりなく、人々は素朴に日々の暮らしを過ごしていた国だったのだ。
 そこに魔王は目をつけた。四方を海に囲まれた海洋国家を上手く使えば、新天地として未来永劫に栄えさせることができる。既に東の大陸を手中に収めた魔王に、迷いはなかった。
 ルーンケルンを取り囲む海は、天然の城壁になる。外敵の脅威は受けにくい。それだけでも十分な価値があった。
 それ以上にカインには、なぜかルーンケルンには心が傾いていた。地図を見るたびに、いつも不思議な衝動にかられていた。一刻も早く、あの大地や海を手に入れなければならない。あの地を踏めば、大きくなにかが開けそうな気がする、と。
 側近でもあるエーベル以外には、心を悟られぬよう綿密な準備を重ねた。東西から呪術師を集結させ、人心を扇動させるように。
 そして遂にルーンケルン大陸の国民が皆、国王に背くことに成功させた。細々と交易をしていた東西の王室も魔王によって潰えている。
 誰ひとりとして、ルーンケルン王族の味方になる人間はいないと思われていた。言うなれば袋の鼠だ。
 機は熟した。
 そう考えたカインは水晶玉を覗き込み、うっすらと口元を緩める。
「ほう、なんとか自力で島にたどり着いたと見える」
 国王家族は高台の宮殿から暗殺者の追っ手を逃れ、命からがら諸島最南端に着いていた。大きな風が吹けば、あっけなく転覆してしまいそうな漁船が岸辺に泊まっている。
 水晶玉は長く白い砂浜を映していく。腰布だけを巻きつけた背の高い痩せた男が、後ろに続く女を気遣いながら歩む。今にも折れそうな細い背中の女は、両手になにかを抱いているようにも見えた。
 エーベルがカインと玉を見比べ、含み笑いを交わした。
「こんな面倒なことをしなくても、すぐに殺そうと思えば殺せるのに。あなたは残酷ですね」
「命乞いをする人間の姿を見るのが興味深いよ。追い詰めれば追い詰めるほど、彼らの本性が現れる」
「本性、ねえ」
 カインは目を細め、底意地の悪い笑みを浮かべた友を見る。|生々世々《しょうじょうよよ》、自分と共にあらゆる快楽を貪り尽くしてきた男だ。互いの考えは手に取るようにわかる。
「そろそろ『あの男』も出て来る頃だと思いますよ? ほら、あの船の後ろ、誰も乗っていない幽霊船が流れ着いている」
 エーベルが愉快そうに水晶玉の中を指差した。カインが眉をひそめて海辺を見ると、確かに国王たちが乗ってきた漁船と同じような船が打ち上げられている。
「人間のくせに、やたら意志だけは固い『戦士』だったか。まさか、本当に亡霊になどなっていないだろうな」
 エーベルが目を細める。
「船底に隠れていたりするかもしれませんよ」
「まさか」
 彼もまた、戦士など歯牙にもかけぬと思っていた。
「馬鹿馬鹿しい、なにが戦士だ。国王もろとも潰してやるわ」
 カインは吐き捨てるように言い残し、エーベルに目線を流して消える。残された友は後を追った。

 二人は空の上から、砂浜を歩く国王親子を見ている。女王は白い布にくるんだ赤子を抱いていた。
 いつしか国王親子の周りには、老いた島民たちが集まってきている。彼らの身なりは貧しかったが、一人ひとりが優しく国王と妻をいたわっていた。
 島民たちが王のために用意しているらしい住居の方角へと、皆が移動しはじめてからまもなく。カインとエーベルは、皆の前に音もなく現れる。
 カインは腰の剣を抜き、民の集団の中にいる国王を見据えた。
「ルーンケルン国王だな?」
 国王は茶色の瞳を大きく見開く。
「おまえは……まさか?」
「そう、その『まさか』だよ。おまえが待ち焦がれていた魔王だ」
 カインが言った途端、島民たちは青ざめて悲鳴を上げた。逃げようとするが、集団の後方にはエーベルが剣を構えている。
 国王は叫んだ。
「民には、なんの罪もないではないか!」
 エーベルが鼻を鳴らした。
「おまえの巻き添えになって死ぬんだよ、さっさと我々に国を渡さなかった罰だ」
 ひとりの男が猛然とエーベルに喰ってかかる。
「陛下を騙してきたのは、おまえらなんだな!」
 彼は物も言わずに、その男の体の横から斬りつける。悲鳴を上げる間もなく、男は地に倒れた。
 恐怖に怯える一行に、魔王の冷たい声が聞こえる。
「歯向かう者は、こうなるんだ。死にたくなければ王に願えよ。ルーンケルンを、魔族の物にしてくれとな」
 国王が島民たちを押しのけ、カインを憤怒の形相で睨みつけた。
「わたしの民を貶めた罪は許さぬ!」
 地を踏みしめたカインは国王を眺め、せせら笑う。
「清廉潔白だけで、のうのうと生きてこれたのが幸運だったということだ。些細な悪意さえも見抜けない性分と、己の運命を恨むがいい」
 ぐっと怒りをこらえた国王の、茶色い髪が風になびく。その時、赤子が火のついたように泣き出した。国王がちら、と背後に意識だけを移した時だ。
「喰らえ!」
 虚を突いたカインが駆け抜けた。次の瞬間、国王の首が飛ぶ。辺りには血しぶきが飛び散った。遺された島民と女王が叫び、逃げ出していく。
 だが、エーベルは剣の刃先を女王の額へと、ぴたりと据えた。彼女は胸の赤子を抱きしめる。エーベルが、こちらにやってきたカインに身を譲る。
 カインが女王と赤子を見下ろす。
「我らの慰み者になれば、お前も赤子も助けてやろう」
「夫と共に殺すがいい!」
 彼は腰を屈め、女王の顎をつかんだ。
「いい度胸だ。赤子と一緒に夫の元へ送ってやる」
 カインがそう言い、女王の胸に抱かれた赤子を見た。まぶしそうに彼を見つめ、目を細めていた赤子が突然に笑いかけて片手を伸ばす。
 魔王の時間が止まった。
 ――この子は!
 ほんのわずかな間に、彼の流転の魂の記憶が開く。今までにたった一人、自分を怖がらずに無条件に笑いかけてくれた人がいた。ほのかに灯った、温かくて照れくさい気持ちを味あわせてくれた人がいた。
 たった一人「どんな災いもはね返す強い子になるように」と、他者を護る術がないのにもかかわらず心から祈った人がいた。
 エーベルがカインの異変に気づく。振り向いた彼は魔王と赤子を見て、すぐに悟った。
「おまえが、まさか。こんな形で」
 それきり絶句した魔王の隣、なにかが風を切る音がした。一拍置いて、エーベルの呻く声がする。カインは顔を上げた。
 そこには呆然とした友が、右胸から長く突き出た血に濡れた矢のシャフトを見ている。
「なっ……!」
 反対側を見ると浜辺を背にした戦士がいた。彼は素早く背中から矢を取り、こちらに向けて弓を引き絞っている。
 仁王立ちのエーベルは忌々しそうに戦士を睨む。彼は背中に手を回し、矢羽根からそれを引き抜こうとした。しかし、次の矢が彼の喉笛を貫いていく。
「エーベル!」
 カインが叫んで女王を突き飛ばし、大きく手を振り上げた。魔王の手にはクロスボウが握られる。
 勢い良く突き飛ばされた彼女の腕から、赤子が白い砂の上に放り出される。カインは女王に思わず叫ぶ。
「伏せろ!」
 力尽きて倒れるエーベルの胸板が、立ち上がろうとした女王の背中を押し潰す。前方を見れば、戦士がじりじりと間を詰めていた。
「おのれ……!」
 魔王の視界に、赤子が女王にすがりつこうとしている姿が見える。彼は赤子を守るように、大きく一歩後ろに下がる。
 カインは相手に向かって叫んだ。
「女子供を、ここから逃がしてからだ! 我々の対決に邪魔な者は要らぬ!」
 近寄る戦士が、高らかに笑う声が大地に響く。
「なにを今さら善人ぶってやがる! その女子供も今まで殺してきた貴様が!」
 カインは戦士の言葉に驚き、彼を凝視する。魔王の頭の中では、様々な感情が目まぐるしく回っていた。

 善人……?
 ああ、そうか。あの戦士のように他者を守り、命を捨てることも惜しまぬことを善と呼ぶのか。

 もうこれで、わたしも尽きるのだろう。わたし自身の、この子にかけていた祈りによって。

 今度こそ、わたしは生まれ変わりたい。今度こそ。

 なぜかカインの目から熱いものが、はらはらとこぼれ落ちる。訳もわからぬうち、彼は片手でエーベルの体と赤子を抱き寄せていた。
 背後では戦士が剣を抜く音がする。
「次に生まれてくる時は、本当の善人になりたい。善人になった姿で、おまえたちとふたたび、めぐり逢いたい」
 ――どんな災いにも負けない、強い子になりますように――

「善人になりたいなどと、笑わせるな!」
 つぶやいた魔王の背中を、戦士が深々と切り裂いていく。

 ・・・

 山の高台に朝陽が昇りはじめている。瞼を開けたカインは、触れている地面の温度が変わっていたことに気づく。
 目の前にはエレーナの白く細い足首があった。彼の耳に、女王の小さな声がする。
「顔を上げてください、カイン」
 カインは唇を結び、顔を上げた。エレーナが目に涙をいっぱい溜めて、こちらを見ている。彼は両膝を着いたまま後ずさった。
「わたしは奪った赤子が亡くなった時に、心に穴が開きました。はじめて感じた悲しみでした。人の気持ちが理解できたと思ったのも束の間、魔王として世界に君臨することを繰り返していただけの男です。あなたの曽祖父さまを討った時、あの時の赤子がすぐそばにいることに気がつかなければ、今生も同じ過ちを繰り返していたでしょう」
 エレーナ女王がカインに大きくかぶりを振って、いざり寄る。
「……ずっと前から、カインはわたしの側にいてくれています」
 彼は深くうなだれた。
「デメテール陛下に目通りして今のあなたにお会いした時に、魔王が覚醒したのです。今でも覚えています。陛下に『チャンスをくださいまして、ありがとうございます』と申し上げたことを」
「チャンス……?」
「そう。わたしは善人になりたかった。使える力をすべて封印して、普通の男としてあなたをお守りしたかった。今度こそ、生まれ変わりたいと願ったんです。自ら立てた誓いを大きく破った戴冠式の日から、そんなことを願う資格を失ったのかもしれません」
 カインが力なく立ち上がり、エレーナに背中を向けた。
「虫がいいことは承知しています。わたしとエーベルが、あなたの曽祖父さまを陥れてルーンケルン王族の血脈を根絶やしにしようと企んだ。なによりも、その遥か前に……ご両親を殺め、あなたを兄から引き剥がした。わたしが攫ってしまわなければ、わたしと出会ってしまわなければ、当時から天命を全うできる人生を送れていたのかもしれない。わたしの祈りが、それから先のあなたの輪廻を邪魔しなかったかもしれない。わたしこそ、あなたを裏切り続けてきた元凶なのだと思います。レフティがわたしを恨み続けても無理はない」
 彼は深く頭を垂れた。やがて背後から、あたたかくこちらを包み込む存在を感じる。彼女は、カインの背中に強く頬を押し当てた。
「……贖罪の気持ちだけでは、父やわたしの近くには居られなかったのではないですか?」
 振り向いた彼をエレーナが、涙をぽろぽろこぼして見上げていた。カインは俯き、掌を額に当てる。
「今でもわからないのです。なぜ、誰からも恐れられていた魔王に、あの赤子だけが笑いかけて懐いてくれたのか」
 彼女はまばたきをし、無理矢理に笑顔を作る。
「それも、わたしたちの必然なのかもしれません」
 二人は見つめ合い、それから静かに抱き合い続けた。

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魔王に抱かれた私……56 

[ 魔王に抱かれた私――優美香]

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56、告解・1

 星が煌々とまたたく空の下。
 消えかけた焚き火の前、カインはエレーナと座っていた。二人は寄り添い、一枚の毛布を肩から掛け合っている。
「寒くありませんか」
「……大丈夫です」
 彼は返事を聞き、そっと女王の肩に腕を回す。エレーナが、しんみりとため息をついた。カインは思う。夜明けと同時にルーンケルンは、あらたな動乱に巻きこまれていくに違いない。
 もちろん首謀者はレフティだ。彼はレフティの変節に思いを馳せた。あの男は自分と性格は違っても、主君への忠誠心の厚い男であったはずだ、と。
 それがあればこそ、二人の表立っての諍いは無かったのだ。
「やはり、西の呪術師の差し金か」
 カインは隣で寝息をたてはじめたエレーナを、起こさぬように立ち上がる。そして、静かに伸びをした。
 彼はエレーナの戴冠式の日を思い出す。国を追放された呪術師が、満を持して彼女を襲撃に来た日。呪術師たちは思い知ったはずだ。その日に女王を絶命させることは不可能だと。
 いったんはあきらめた彼らが、宮中の人間に呪術の狙いを定めても不思議はない。そうすれば女王を簡単に篭絡できる。
 本来ならばエレーナの命は、そこで尽きているのが天命だったのだ。カインは思う。それを止めたのはわたしであり、エーベルだと。
 魔族には、遥か昔から定められていた禁忌があった。未来を予測し、都合よく改変することだ。誰よりも力を誇り、思うがままに力を奮う己に課せられた唯一の枷である。
 運命を破綻させ歴史を変えた者には、それなりの禍が降りかかる。カインはもはや、それに怯えてはいなかった。
 しかし彼は改めて、他者を守る術を持たないことを悔やむ。
 明らかにレフティが危険だということは、自分もエーベルも予期していた。彼に宛てる、わずかな力を使うことを躊躇したのは明らかに自分の|咎《とが》だ。
 歩き出したカインはこめかみを押さえ、崖の下を見下ろす。この場所からは、ルーンケルンの国土の様子が四方まで見渡せた。海の向こうから、かすかに陽の光が見える時刻が近づいている。
 心なしか、夜風に血の匂いが漂ってくるような気がした。
 もうすぐ太陽が緑の大地を照らすのに、この地の下で繰り広げられるのは殺戮なのか。彼は疼き出す胸を押さえる。近いうちレフティは、この場所さえも突き止めてくる。その前に、最善の手を打たなければならない。
 カインが振り返った時だ。エレーナの大きな黒い瞳が、まっすぐに彼を見ていた。こちらが口を開く前に、女王が唇を震わせる。
「夢を見ていました」
「……夢?」
 彼女はカインを凝視し、一気に言った。
「もしかしたら、わたしはずっと昔に、レフティの妹だったのではないですか? そして、あなたが戦士に背中を切り裂かれた時に、わたしはあなたの胸元にいませんでしたか?」
 カインは深く目を閉じ、開けた。
「仰る通りです」
 エレーナは声を詰まらせた。
「わたしたちの過去に関する文献がないかどうか、ずっと探していたのです。でも見つからなかった。なぜ、こんな風に争い合わなければならないのか。なぜ、お父さまが必死で築いてきた国が、こんな風になってしまったのか。過去の歴史からも学びたいと思っていたのです。でも、探し方も悪かったのかもしれませんが……一冊も見つからなかった」
 女王のひたむきな視線を受け、彼は無言で彼女の目の前に膝をつく。エレーナは言葉をつないだ。
「あなたは、すべて知っているのでしょう? 『わたしたちの始まり』を」
 カインは鳶色の瞳を伏せる。夜明け前の静寂に、彼の声がひっそりと響いた。
「エレーナさま、あなたの夢の通りです。嘘偽りはありません」
 彼は|訥々《とつとつ》と語りだす。
「わたしは欲望のままに転生してきた魔族の頂点にいました。何度、生まれ変わっても欲望が満たされることはなかった。自分の力を持ってしても尚、この人間界は面白かった。どんなに絶やしたように見えても、次から次へと人が営み暮らしていく生活は、わたしにはいつしか驚異にも感じられた……」

 今よりも、ずっと世界が混沌としている時。わたしはある貧しい村を襲ったのです。その時も手下と共に村を焼き討ちにし、人々の大事にしているものを奪い、陵辱の限りを尽くしていました。
 その夜、わたしやエーベルから逃れていた年端も行かない子供がいました。それがレフティでした。
 彼は胸に女の赤子を抱えていました。わたしもエーベルも後を追い、彼の肩を斬りつけて赤子を奪ったのです。
 わたしが地べたに放り出された赤子を拾い上げました。
 その時、不思議なことがありました。それまで激しく泣いていた赤子は泣き止み、わたしの顔を見て無邪気に笑ったのです。
 その赤子は……なんの縁もゆかりのない、しかも魔王に対して笑いかけ、自ら腕を伸ばしてくれたのです。
 わたしは違う人生を生きてみたかったように思います。魔王として生きることに飽き飽きしていたようにも思います。
 他者を傷つけ殺め、奪い続ける果てに、なにがあるのだろうと。ふと心をよぎる気持ちは、しかし日々の愉しみに流されていきました。
 なによりも力を誇示することが、わたしのすべてでした。支配できる土地を広げ、屈服させる存在を増やしていくことが、わたしの存在を証明できる唯一のものでした。
 レフティから奪い取った赤子は、まもなく亡くなりました。最期までわたしに抱かれることを選び、この首に腕を巻きつけて亡くなっていきました。
 その赤子は、あなたです。
 あなたは荒んだわたしに、まっすぐ笑いかけてくれた唯一の存在でした。
 それまで、わたしを見ると泣き叫ぶ赤子を引き裂いて食することが常だったのに、あなたは自ら笑いかけてくれたのです。泣くどころか、笑いかけてくれたのです。揺らいでいた心に、なにかをほんの少しだけ、芽生えさせてくれたのがあなただったのです。
 けれど、赤子はまるで風のように、わたしの前を去って行きました。 
 赤子を埋葬するときに、わたしは術をかけました。
「次に生まれてくる時は、どうか天命を全うできるように。どんな災いにも負けない、強い子になるように」と。
 しかし次も、その次も、わたしは魔王として転生しました。あなたがくれた灯りが消し飛んでいたことも、わたしはすっかり忘れておりました。あなたを奪われた子供が転生し、戦士としてわたしに挑んでくることも、面白くてなりませんでした。ただ、愉快でした。
 彼を何度も討ち取り、わたしはますます強くなって行きました。東の国をすべて手中に収め、ルーンケルンの国王を陥れ、首を撥ねた時は「これで全世界が、わたしの物になる」と思ったのです。

 夜が明けはじめていた。エレーナは目を伏せたカインを、じっと見ている。彼は額を地につけた。

「わたしがデメテール陛下の曽祖父さまの首を撥ねました。いよいよ、曾祖母さまと隣にいた赤子を根絶やしにすれば、この国土はわたしの物になる。そう思い、赤子の顔を見た時でした。過去に笑いかけてくれた赤子、わたしが『次に生まれてくる時は、どんな災いもはね返す強い子になるように』と、なけなしの術をかけた子だと知ったのです」
「……あなたは、わたしにそんな風に祈っていたのですか」

 |額《ぬか》づくカインに、遠い日々が去来する。

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魔王に抱かれた私……55 

[ 魔王に抱かれた私――優美香]

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55、たとえ、破滅の朝に見えても・2


 外にカインと女王を残し、小屋に入ったエーベルがつぶやく。
「できれば人の心の中を視たり、人の未来を変えることはしたくない……」
 彼は小さな吐息をつく。目の前には、毛布にくるまって静かに眠るフランがいた。彼女も疲れただろう、そう単純にエーベルは思う。
 考えてみればフランだけではなく、ルーンケルンの民も戸惑っていてもおかしくはない。暴走し続ける軍閥の人間たちの動きが今日限り、すっぱりと終わるはずがないのだ。
 ざわざわと草木が揺れる音が、小屋の粗末な窓から漏れ聞こえていた。エーベルは椅子に腰かけ、深く目を閉じる。
 その頃、レフティは自室に運ばれて寝かされていた。エレーナ女王の部屋で、突然に激しい頭痛に襲われて倒れたのだ。
 彼は固く目を閉じ脂汗を流しつつ、浅い眠りを漂っていた。それに、さきほどからずっと、ひとつの悪夢にうなされていた。人生の半分以上を振り回されている、あの夢だ。カインと転生のたびに、あいまみえることを宿命付けられた過去世の記憶、そのものの「悪夢」。
 レフティの遠い記憶が、無意識の中で目を覚ます。静かで穏やかだった生活が、魔王の率いる魔族の襲撃で破られてしまった夜だ。
 
 おぞましい光景が今まで見ていたどんな夢よりも、鮮明に広がっている。
 彼自身は悪夢の中をふわふわとさまよいながら、あらゆる光景をつぶさに眺めていた。

 叫び声と悲鳴が止まない、燃えさかる村の中。まだ十代にもなっていない背の低い俺が、赤ん坊の妹を抱いて走っている。
 妹は恐怖と空腹で、激しく泣いていた。俺は詫びながら、妹の口を掌で押さえて走り続ける。駈けている最中に聞こえてくるのは村人の声だ。
「女は隠れろ! 早くしろ! う、うわあああああーっ!」
 ばすっ、という音と共に、村人の声が断末魔の叫びに変わる。すぐに野太く冷たい声が重なって聞こえてくる。
「無駄な抵抗をすれば、この男のように体を八つ裂きにしてやるぞ!」
 俺は振り向く。するとそこには馬に乗り、村人の首を振り回して放り投げるカインの姿が確かに見える。
「畜生!」
 叫んだ俺の目の前に、音を立てて一頭の馬が立ちはだかる。見上げれば、冷たい海のように青く目を光らせるエーベルがいる。
 妹を抱いたまま伏せる俺の目の前、カインは不気味に笑みをこぼす。そして鎧姿の魔族たちに命ずるのだ。
「こいつの親を引きずり出せよ。目の前で首を撥ねてやれ。面白い見世物だ」
「やめろ!」
 願いはむなしく、両親はゴミのように殺される。無力な俺は恐怖におののきながら、見ているだけしかできない。彼らはさも楽しそうに家に火を付け、俺に言い放つ。
「けっ! なんにもない貧乏な家に住みやがって。ガキだけは、いっちょまえに二人も作ったんだな」
「おっ、こっちに若い女が隠れてやがる。溜まってるところに、いい餌だ」
「おまえら、こっちだ! こっちの方に若い女がいるぞ!」
 カインとエーベルが気を取られたように、手下の呼ぶ方向に行く。俺は妹を抱いて走り出す。しかし子供の足と馬の速さでは、とてもではないが比べ物にならない。
 やがてカインが俺の目の前に立っている。カインは不敵な笑みをたたえ、俺に言う。あいつの鳶色の眼が光る。
「その女の赤子をよこせ」
「お、女じゃない! 違う!」
 俺は何度も叫び続ける。しかし、後ろから右肩を深く剣で斬られていた。前に倒れる時、勢いで妹が地べたに転がって行く。投げ出されたショックで、赤ん坊が火のついたように泣き出した。
 激痛に耐え、首だけ後ろを振り向く。そこには剣を持ったエーベルが、愉快そうに微笑んでいる。
「なんなら腕ごと切り落としてやろうか? 子供だからと言って容赦はしない」
「男なら殺しておいたほうがいいかもな」
 カインは転がった妹を抱き上げ、目を細めた。

 ――なぜか、カインに抱き上げられた時、妹は泣き止んだんだ。……なぜだ?

「か、返せ。返してくれ! たった一人の妹なんだ!」
「うるせえガキだな」
 エーベルが俺を蹴飛ばす。カインが愉快そうに口元を緩める。その顔を見て、妹は愉しそうにはしゃぐ。

 夢を見ているレフティは、歯を食いしばる。
 なぜ? なぜおまえは、カインに抱き上げられて笑うんだよ……? そいつは魔王なんだぞ! この世でおまえの親を殺し、俺を斬りつけて嘲笑う魔王なんだぞ!

 ――レフティが叫んだ時、急に見ていた景色が暗くなった。眠りから目覚めようとする彼を、ふたたび記憶の風景が引きずり込んでいく。まるで、底のない沼に足を取られていくように。
 彼は、はじめて見る光景を凝視した。

 首が座るようになった妹が、はいはいをしながらカインにまとわりついている。
 レフティは夢を見ながら叫んでいた。
「なぜだ! なぜ、そいつに懐く!」
 魔王は幾分困った顔をして、妹を抱き上げる。エーベルが不思議そうな顔をして、カインを眺めているのがわかる。
「へっ、カインがパパかよ」
「わたしにも訳がわからぬ」
 レフティは絶望的な気持ちになってくる。どんなに叫んでも、あの場所に俺の声は届くことはないのだ。
 しかし、彼の心に疑念が湧いた。
 ――なぜ俺はこんな光景を観ている? これもカインの術なのか?
 うなされるレフティの額に脂汗が流れ落ちる。
 深く沈んだ意識の底では、言い訳をするようなカインと、無垢な笑みを絶やさず、きゃっきゃっと腕を彼の首に回す妹がいる。
 エーベルの声が聞こえる。
「あと十年も経ったら、おまえの嫁にすればいい。いや、この子なら……。十年も経たないうちに足を広げるかもしれないな」
「ば、馬鹿なことを言うな!」
「情でも移ったってのか、今までなら女の赤子は食ってたのに」
 カインが眉をしかめて、赤子のはだけた胸の上着を直す。レフティは愕然とした。
 いつから胸に大きなホクロができていた? しかも左の乳房の下だ。エレーナと同じ箇所?

 もしかしたら、俺の妹は?
 あの時から、カインだけでなくエレーナ女王とも運命の輪がつながっていたとでも言うのか?

「情が移るだなんて下等動物みたいなことが、ありえるはずがない」
 カインが仕方なく妹の頭を撫でている光景は、暗転して行く。レフティはふたたび、暗い無意識の海をさまよった。
 次に見た光景では、妹は死んでいた。カインに抱かれていた真っ赤な顔をしていた赤ん坊が、みるみるうちに真っ白い亡骸になっていく。
 レフティは妹に手を伸ばした。やはり、あの時に転んでも手を放すべきではなかったのだ。妹を殺したのはカイン、やはりおまえしかいない。
 彼が悔しさで唇を切れるほど噛んでいた時、カインの痛恨の情のこもった声が頭に響いた。
「ありがとう……」
 なにが「ありがとう」なんだよ! レフティは叫ぶ。何千年も前の記憶の風景なのは知っている、この声も聞こえないのは理解している。しかし、憤る感情を、怒鳴る以外に表せる方法がない。
 カインとエーベルが整列した鎧を着た男の集団の前、花を手向けて妹を地に埋める。上から眺めるだけの存在のレフティには、空々しい光景だった。
「次に生まれて来る時には、どんな災厄も降りかからず……天命を全うする人生になるがいい」
 魔王の言葉にエーベルが問いかける。
「どんな災厄も?」
「そう。たとえ、わたしと会ったとしても。どんな災厄もはね返す、強い子に」

 うなされるレフティの額の汗は止まらない。あいつの言うことは偽善だ。たまたま、赤ん坊の存在で善性が開いたとしても。
 罪なき人を殺め続けた罪を償え。魂の痛みを償え。俺が地獄に引導を渡してやる。貴様がいつから「善人になりたい」などと、寝言を言うようになったのかは知らぬ。カイン、貴様は俺の親だけでなく、妹までも殺したんだ。おまえのせいで、妹、いやエレーナも。
 忘れるな……!

 叫んだ瞬間、彼に見える景色が暗転する。暗闇の中、町の人間の声だけが響いては消えて行く。どうやら暴動を治めていた先々で、自分たち軍人が民からかけられた言葉らしい。
「あなたがたが国を治める立場になってくれたらいいのに」
 同じ人間が小さくつぶやく声がする。
「……乱暴者を取り押さえてくれるのはありがたいんだけどさ、あんたがた。あいつらよりも家を荒らしてくれたよね」
 レフティは眉を吊り上げた。
 俺たち軍人がいなかったら、おまえらの生活は根こそぎボロボロだったくせに! 内心で叫ぶが、次々と集まる声は、彼らの本音と建前を見せつけていく。
「そうしたら、こんな乱暴な人たちに迷惑をかけられることもなかったのに」
「……こう言っておいたら、こいつら満足なんだろう」
「そうよね。貴族の人たちは、なにもしてくれないもの」
「……あんたがたも暴力以外は取柄がないけどね」
 ――黙れ!
 激しい怒りと共に、レフティは汗びっしょりになって飛び起きた。周りには、自分と同じようにギラギラした眼の部下が大勢いる。彼らは指揮官が目覚めるのを待っていたのだ。
 彼の目覚めに、部下たちが集まってくる。レフティは片手を上げて口を開いた。
「もう大丈夫だ。今から町に降りよう」
「町に、ですか?」
 彼は部下の問いに凄惨な笑みを浮かべる。
「どうやら俺たちの存在を、おもしろくないと思っている存在があるらしい。こうなったら、とことん国家を制圧してやる。カインとエレーナの居場所も手繰れるかもしれない」
「……でも、どうやって?」
 レフティはベッドから降り、地図を開いた。皆、そこに集まってくる。
「まずは、文官たちから尋問するとしようか」
「……宮殿隣の教会は、どうなさいますか? あそこに多くの文官が集まっておりますが」
 部下は告げた。教会は既に軍人以外の避難先になっている、と。
「好都合だな、手間が省けていい」
 彼は唇をゆがめ、決意した。今まで自分を軽んじた人間すべてに、思い知らせてやる。

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魔王に抱かれた私……54 

[ 魔王に抱かれた私――優美香]

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54、たとえ、破滅の朝に見えても・1


 ぱちぱちと燃えさかる焚き火の前、エーベルがフランと並んで腰かけている。彼はじっと遠くを見ていた。フランは時折、彼の横顔を盗み見る。
 エーベルはやがて目を閉じ、視える光景に熱中しはじめていた。フランが膝を抱え、彼の隣でうたた寝をし始める。
 彼はカインがエレーナ女王の部屋を去った直後から、レフティの心を手繰り寄せている。

 レフティは呆然としていた。エレーナ女王の部屋に入ったはいいが、肝心の彼女本人がどこにもいない。
 すぐに一緒にいた部下たちと血眼になって部屋中を探す。しかし、エレーナの姿は影も形もなかった。
「畜生!」
 彼は、たかぶってくる感情のままに歯噛みした。理性は既に、遠くに消えている。万能感だけが肥大し、レフティのすべてを支配していた。
 エレーナを思うがままに抱いてから後、なにもかもが自分の思い通りに行っていたはずだ。カインとエーベルを探して見つけ出す以外には。
「くそっ! あの女も魔族だったのかよ!」
 誰かの声に、レフティは激しく反応した。彼は振り向き、声を発した部下を見る。
「貴様、今なんと言った?」
 部下が目を血走らせ、彼を見返す。
「ありえないでしょう? 部屋の外には見張りもいたんだ。この部屋から身を投げるほど、あの女は強くない」
 レフティは窓の外を指差す部下の、胸ぐらをつかむ。
「彼女をそんな風に呼ぶのはよせよ。次にその言葉を貴様から聞いた時は、俺が首を折ってやる」
「なっ……?」
 部下は己の首元にある上官の拳を見遣り、次の瞬間に激しい憎悪の眼差しを向けた。
「あんたが言ったんだろ? この国を災いの元を断て、と。俺らはそれに従っているだけだが?」
 レフティは唇をゆがめ、部下を思いきり壁に向かって突き飛ばす。よろめいた部下が壁に背中をぶつけた。
「エレーナは俺の伴侶になる女だ! 悪く言う奴は許さん!」
 彼の宣言に、軍人たちは息を飲む。レフティは部下を威圧するように見渡した。
「この国の頂点に立つために、エレーナは必要だ。俺たちが国家の禍根を取り除き、そして国家のトップに躍り出る。それに毛筋でも異言を唱えるヤツは出て来いよ」
 レフティの言葉は低く、まるで澱のように全員の心に響いていく。暗く、重苦しい空気が部屋の中に充満しはじめていた。
「俺たちの誰かがエレーナに孕ませれば、ルーンケルンを縛っていたなにもかもが崩壊する。それでいいんだよ」
 彼の自信満々につぶやく言葉に、皆が納得したような表情を浮かべる。港や街の中、暴動を鎮める先々で彼らは言われていたのだ。
「あなたがたが国を治める立場になってくれたらいいのに」
「そうしたら、こんな乱暴な人たちに迷惑をかけられることもなかったのに」
「そうよね。貴族の人たちは、なにもしてくれないもの」
 レフティは笑みを浮かべる。以前、呪術師ヴィクティムが予言したことが着々と叶いつつある、と。
 ――わたしは知っておりました。あなただけが、エレーナさまの愛情を受けていらっしゃる方だと。いつかあなたは、エレーナさまと愛し合うようになる。
 ――あなたこそがルーンケルンの国王になる器がある方なのです。
 彼の体の奥深くでは、エディットの呪術師・ヴィクティムに言われた言葉が芽吹き、大きく育ちはじめていた。
 そうだ。俺はエレーナの愛を一身に受けている。あいつよりも、ずっと。
 レフティの心に、カインの姿が浮かぶ。俺よりも生まれた時から、なにもかも持って生まれてきた男。俺よりもずっと、周りの信頼を受けて期待されて生きてきた男。なにもかも、俺よりも上の男。そして、もしかしたら今もなお、エレーナの心に残っているであろう男。
 カインの存在そのものを消さない限り、俺はいつまでも怯え続ける。そう思ったレフティは、大きく眉を吊り上げた。
「あいつを殺せば、ルーンケルンは平穏になるんだよ! なのになぜ、こう邪魔が入るんだ!」
 彼は怒声を上げた。エレーナを孕ませ有無を言わせず、名実ともに国主になることが今のレフティの野望のすべてだ。
 息巻くレフティに、やってきた軍閥の臣下が鼻を鳴らして話しかける。
「おや、エレーナさまは?」
 彼は目を剥いて臣下に答えた。
「どこにもいませんよ、まさか、あんたが逃げる手引きをしたんじゃないでしょうね?」
 たかぶった感情にある時に、心を折りにくる連中は皆が敵だ。臣下はわざとらしく、驚いたような表情を作る。
「いやあ、あなたの愛人は自力で逃げ出したんでしたっけ?」
 レフティの顔がこわばる。その臣下は、いかにも好々爺を装い続けた。
「レフティさま、寝物語でおかしなことを口走ってはいないでしょうね?」
「おかしなこと、とは?」
 彼は臣下の背後にいた部下に目配せをした。部下が軽く頷いたのを見定め、レフティは続けた。
「なにが仰りたいのかな?」
 答えようと臣下が息を吸った直後、目を丸くしてレフティを凝視する。背後の部下が、短剣で思いきり臣下の肺腑を抉っていた。
 ぐっ、と息を吐いて唇から血を流した彼に、レフティがにやりと笑って膝下を蹴飛ばした。
「おまえに言われなくてもわかってる、クズが」
 レフティは倒れた老人を踏みつけて転がした。その瞬間、彼の頭が割るように痛み出す。呻き、うずくまった彼は悲鳴を上げた。

 いつしかエーベルの隣にはカインがいる。エーベルが彼の気配に気がついた時、カインは掌の中に水晶玉を乗せていた。
 水晶玉はエレーナの私室の床で頭を抱え、のたうち回っているレフティの姿を克明に映し出していた。
 夜の静けさの中、ひっそりとカインの声が響く。
「あれだけルーンケルンに忠誠を誓ったレフティも、強い悪縁に触れると、こうも変節してしまうものだなと思うよ」
「ええ。元々、人間なんて惰弱な存在ではないのでしょうか。我々とは違う」
「そう言われると立つ瀬がないな」
「いえ、カインさまのことではなく」
 カインとエーベルは「剣の儀式」の光景を思い出していた。二人の胸に、奇妙な寂しさがよぎる。しかし、それにとらわれている暇はない。
 カインは水晶玉に手をかざす。すると、中に映っていたレフティが倒れたまま、動かなくなった。エーベルは水晶玉を見遣り、それから友の顔を見る。
「これは……?」
 彼がエーベルの問いに答えるべく、口を開いた時だ。背後の小屋の扉が開いた音がした。
 二人が振り返ると、そこにはエレーナ女王が立っている。彼女は焚き火のほのかな光を受け、どことなく青ざめて見えた。
 彼ら二人は立ち上がり、カインが駆け寄ろうとする。彼女は片手で押しとどめた。
「そちらにまいります」
 エレーナ女王がふらついた足取りで、二人の元へと歩き出す。エーベルはカインを盗み見た。彼は今にも泣き出しそうな目で、女王を見ている。
 エレーナがカインを見上げた。
「レフティから宮殿を、ルーンケルンを取り戻します。あの人たちに、この国は任せておけません。どうか、わたしに力を貸してください」
 彼女は言い終わり、深々と頭を下げた。顔を上げた時、エーベルが目を細めてエレーナを見つめていた。
「エーベル、あなたもよろしくお願いします。わたしに力を貸してください」
 エーベルは頬を緩め、カインと女王を交互に眺める。
「わたしに命令できるのは、今はカインさまだけです。あとは御二人でお話しください」
 彼は女王に礼を返し、さっさと小屋の中に入ってしまう。呆気に取られたようなエレーナが、苦く笑うカインに視線を移した。
「……エーベルは、わたしのことを嫌いになってしまったのかしら」
 彼は静かに首を振る。
「そんなことはありえない」
「で、でも」
 エレーナのおどおどした視線を、カインは柔らかく受け止めた。
「言ったはずです。わたしは、あなたのためならどんなことでもすると。エーベルも同じ気持ちでしょう、お忘れになりましたか?」
 俯いた彼女の足元に、ぽたぽたと涙が落ちる。エレーナは声を詰まらせた。
「いいえ。忘れてはおりません……」
「では、それでいいではないですか」
 頬を涙で濡らした女王が、カインを見上げる。
「でも……っ」
「でも?」
「本当なら、わたしがあなた方を信じきれずに酷いことばかり言ってしまったのに。謝らないとならないのは、わたしの方なのに……」
 エレーナが遂に、感情をこらえきれず泣き出した。カインが見下ろす彼女の姿は、捨てられた仔猫が雨に濡れて鳴いているようにも見える。
「もう、済んだことです」
 彼の声は震えていた。
 聞き届けたエレーナがカインを見上げる。彼の鳶色の目を見つめたと同時、きつく抱きしめられていた。
 カインは目を閉じて女王を固く抱き、髪の中に頬を埋めた。エレーナの耳元で、彼の切ない囁きが聞こえてくる。
「ずっと……。こうしてみたかった……」
「わたしと、ですか……?」
「あなた以外に、誰がいると言うのですか」
 その昔、ほのかに心を許した人がここにいる。無邪気に手を伸べてくれた人がいる。あなたでなければならなかった。あなた以外にはいなかった。こんなわたしに。
 カインはエレーナの体を深く、いたわるように抱きしめ続けた。彼女は顔を上げる。カインの優しい眼差しが、そこにあった。エレーナは黙って眼を閉じた。
 彼の唇が、おずおずとためらいながら近づいてくる。わずかな吐息の揺れはやがて収まり、互いに立てる乾いた音に変わっていった。


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魔王に抱かれた私……53 

[ 魔王に抱かれた私――優美香]

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53……心のかたち・4

 カインにきつく抱きしめられたエレーナは、悲鳴を上げて抵抗する。女王は激しく腕を動かし、彼の身から離れようと暴れた。
 カインはかまわず、彼女の体をぴったりと抱きしめる。
「静かに」
 ばたばたと暴れるエレーナの耳元で言い、目を閉じる。同時に、レフティが部屋の扉を壊して入ってくる気配がした。

 カインは女王を抱き、小屋の床に転がっていた。どすん、という音に、ほどなくしてエーベルとフランがあわただしく扉を開ける。
 エーベルがカインに駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
 その声に女王が固く目を閉じたままで、大きく悲鳴を上げる。カインは彼女を抱きしめていた腕をほどき、背中をさすった。
「落ち着いてください、ここには、軍人はいないから……!」
 エレーナは「いやああああ!」と大きく叫び、彼の身を突き飛ばして離れた。そして床を這い、彼から逃れようとする。
 戸口にいたフランは、女王の姿を見て絶句した。叫び続ける彼女の頬が、真っ赤に腫れ上がっている。唇の端も切れていた。つやつやした髪もばさばさに乱れ、とてもではないが「女王」の姿ではない。
「一体、誰が……エレーナさまを!」
 口走ったフランはたまらず、女王に駆け寄り|跪《ひざまず》く。
「エレーナさま、落ち着いてください。ここには、あなたを傷つける者は誰もいません」
 泣きすぎて真っ赤な目をしたエレーナが、顔を上げた。彼女はフランの顔をじっと見、それから激しく泣き出した。
 フランは黙って女王の両肩に手を添えて頷き、彼女に向かってなだめるように繰り返す。
「安心して、いいんですよ」
 カインがフランの肩をつつき、毛布を差し出す。フランは彼に小さく礼を返し、それを女王の体にかけた。
 少しして彼女は気づく。小屋の中には、自分と女王の二人きりだということに。やがて、エレーナが俯いたまま何度か、しゃくりあげている。
「ほ、ほんとに」
 フランは女王の言葉に耳をすませた。
「本当に、安心してもいいの?」
「もちろんじゃないですか」
 彼女は泣きやみかけたエレーナに、温かく言葉を返す。女王はくすんと鼻を鳴らし、あらためて両手で毛布をかぶりなおした。
 エレーナは二度ほど大きく深呼吸をして、フランを見上げる。
「ねえ。どうしてこうなったのか、あなたにわかる?」
 問われた彼女は、困ってしまった。フラン自身、よくわかっていないことが多すぎる。なので、率直に言った。
「わたしにも、わからないことが多すぎるのは事実です。だけど、もしかしたら……。わたしたちの知らない真実は、どこか違うところにあるのかもしれません」
 エレーナは深いため息をついた。リネン係の言う通りなのかもしれない。あまりにも急に、現実のなにもかもが変わりすぎる。
「どうしてこうなったんだろう、って思うの」
 女王のぽつんと漏らした言葉に、フランも唇を少し尖らせた。
「本当に、わからないんです。エーベルは『避けられなかったこと』だって、言うのですけども……」
「そう」
 ふたたびエレーナが俯き、腫れた頬の半分を毛布の中に埋めた。
 フランは立ち上がり、小屋の中を見渡してみる。女王の頬を冷やすために、水がほしかった。この狭い建物の中には水瓶はなさそうだ。
「少しだけ、お待ちくださいね」
 エレーナに声をかけて扉を開けると、焚き火のそばに立っていたカインが振り向く。
「どうした?」
「なんとか少し、落ち着いたみたい。エレーナさまの頬っぺたを冷やしてあげたいのよ。スープを作ってくれた時に、使ったお水がほしいんだけど。どこにあるの?」
「小屋の裏側だけど、下手したら崖の下に落ちるよ」
 彼女はカインを凝視し、鼻から大きく息を吸った。こんな夜に崖下に落ちるなんて、真っ平御免だ。
「じゃあどうするのよ。可哀想じゃない」
 彼が思い出したように、フランの顔をまじまじと見つめた。
「一緒に来てくれるかい?」
「いいわよ」
 カインは返事を聞くが早いか、小屋の中に入って行った。
「ちょっと、カイン!」
 フランがあわてて彼の後を追う。カインの背中越し、開いた扉の向こう側に女王が毛布にくるまっているのが見える。
 エレーナ女王は彼を大きく目を開いて見つめ、かすかに首を振っていた。カインの頭の中には、女王のあらゆる感情が流れ込んできている。 
 ――レフティが言っていた。カインこそが、ルーンケルンの災厄そのものだと。彼を討たなければ、わたしにもルーンケルンにも平安は訪れないのだと。
 ――でも、わたしはレフティに何度も頬を打たれた。
 女王の脳裏にはレフティが眉を吊り上げ目を剥き出しにして、その手をこちらの頬に打ちつける情景が何度も浮かぶ。そのたびに倒れそうなくらいの痛みが、頬から全身に響いていた。
 フランは泣き出しそうな表情になったエレーナを見て焦った。なにもできなくてもいい、彼女の近くに行きたい。しかし、カインの背中が邪魔をする。
 彼の声が静かに響いた。
「今、エレーナさまがなにを考えていらっしゃるか。当ててみましょうか」
 彼女が頷く間もなく、カインは続ける。
「レフティに頬を殴られましたよね? 彼は『王位を渡せ』と言ったのでしょう?」
 フランが絶句して彼の背中とエレーナを見比べた。エレーナはカインの顔を凝視したまま、涙をぽろぽろとこぼし始める。
 彼は女王の前に歩み寄り、両膝をついた。そして、彼女に向かい、両手を差し伸べる。
「あなたの心の傷は癒せないかもしれない、でも。その頬の痛みは取って差し上げましょう」
 カインは呆然としているエレーナの返事を聞かず、両方の掌で彼女の頬を包んだ。後ろから眺めているフランは、思わずため息をつく。
「動かないで……」
 低く言った彼の掌から、橙色の蝋燭の灯りにも似た光が漏れる。エレーナの表情が、ほんの少しだけ明るさを帯びてきていた。
 ぼうっとした淡い光が、カインの掌から放たれ続ける。やがて彼はエレーナの頬から、ためらいつつ両手を外す。フランは目を丸くして女王の顔を凝視した。カインをはさみ、彼女とエレーナの視線がぶつかった。
 エレーナ女王は、こちらの反応を待っているのだ。そう直感したフランは、腰が抜けそうになりながらも何度も頷いて見せた。
「あ。……す、すごい。は、腫れていたのが。ぜ、全部、きれいに治っていらっしゃいますよ」
 フランは言い終わってから、本当に尻餅をつきそうになった。その背中を、エーベルが支えてくれている。
 エレーナの頬の腫れはもちろんのこと、泣きはらしていた目元の赤みもすっかり取れていた。女王は黒い瞳は大きく見開き、無言で片手を頬に触れさせる。
 女王はかすかに目線を落とし、小さく息を吸った。そして、カインをまっすぐに見つめて唇を震わせた。
「もう、痛くありません……」
 フランは床にぺたんと座り込み、カインとエーベルをきょろきょろと見比べていた。カインが膝をついた姿勢で、フランを肩ごしに見つめる。
「鏡、持ってる?」
 問われた彼女は立ち上がり、首を細かく横に振った。フランの後ろにいる、エーベルもかぶりを振っている。カインはふたたび、鳶色の目を穏やかにエレーナへと向けた。
「お部屋に入り込んだ無礼を、お許しください」
 彼をじっと見つめるエレーナ女王の瞳に、ふたたび大粒の涙が溢れ出る。

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魔王に抱かれた私……52 

[ 魔王に抱かれた私――優美香]

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52、心のかたち・3

 さきほどからカインは小屋の中にいた。粗末な扉の向こうでは、エーベルとフランが焚き火に当たっている。少し前まで、彼はフランに「自分が魔王である証拠の一端」を見せようかと思っていたのだ。
 宮殿から去る時に、急いでまとめた荷物が入っている包みを見る。すると、水晶玉が収まっている辺りから、かすかに白い光が放たれていた。
「予言?」
 気づいたカインが水晶玉を取り出した直後、思わず彼は手の中から目を背けた。掌の中の水晶玉いっぱいに、裸のエレーナが映し出されている。
 彼女は私室の床に転がされているように見えた。そして、屈強な男の胸板に組み敷かれつつ、激しく抵抗しながら泣いていた。周りには、同じように何も身に着けていない男が幾人もいる。
 レフティはエレーナの腕を押さえつけていた。彼は愉悦の表情を浮かべ、女王の泣く顔を見下ろしている。
「やめてくれ……!」
 カインが呻く声は水晶玉の中の人間たちには聞こえていない。彼は自らを落ち着けるように、深く息を吸った。そして、なるべく言葉を整理する。
「これは、予知なのか。それとも、起こっていることなのか?」
 問いかけると玉の中の景色が歪み、少しずつエレーナの私室が見えてきた。彼女が机に向かい、なにか本を読んでいる姿が映りこむ。
 カインが胸をなで下ろしたのも束の間、女王は急に怯えるように顔を上げて両耳を塞ぐ。
 水晶玉は途端に景色を映すことを止め、光を失った。彼が焦って何度か呼びかけても、普段通りに向こうが透けて見える「単なる水晶玉」に変わったままだ。
 嫌な胸騒ぎがする。
 守ってやりたかった一番の災厄が、女王の私室の扉一枚を隔てたところにある。カインは心のざわつきを押さえ、立ち上がった。
 彼は小屋の中からあわただしく扉を開け、エーベルを呼んだ。
「これから宮殿に向かう。フランを、よろしく頼む」
 エーベルは「わかりました」と頭を下げた。フランは少しばかり離れたところ、焚き火の前に座ったままで二人の遣り取りをじっと見ている。
 カインは彼女に手を上げた。
「きみはエーベルの言う通りにしておいてくれよ? 無謀なことはしないように」
 フランは彼のただならぬ様子に、顔をこわばらせたままで微動だにしない。時間がなかった。カインは目の前のエーベルを見据える。
「頼む」
 フランがまばたきをする間に、カインの姿は消えていた。彼女は絶句し、何度も目をしばたたかせる。が、何度まばたきをしても、彼の姿が見えてくることはなかった。
 焦った様子で立ち上がったフランは、こちらに来るエーベルに向かって大きく目を見開き、唇をぱくぱくさせた。
「ねえ、エーベルは行かなくていいの? エレーナさまが危ないんでしょう? だからカインは宮殿に行ったんでしょう? わたし、二人の邪魔になっているんじゃないの?」
 彼女の心臓の鼓動が早くなる。額から、冷たい汗が浮かんできていた。
 エーベルはフランの心に添うよう、静かに答える。
「カインさまがわたしを必要とされる時は、必ずわかる。きみは心配しなくていい」
「でも……!」
 ふたたび泣き出しそうになった彼女に、エーベルは続けた。
「落ち着いてくれよ、フラン。頼む」
 彼は無理に笑顔を作ってみたものの、フランの胸中はたやすく想像できた。
 なんの前触れもなく突然に、生きてきた世界が変わってしまったのだ。しかも長く同じ宮中で働いてきた同僚が、急に「魔王」と呼ばれて軍属から命を狙われている。それに、女王が皆の前で軍人から頬を打たれ「災いの元」と罵られたというではないか。
 自分とカインならば予測もついたことが、気の善い彼女には思いもよらないことだっただろう。ここまで来るだけでも大変な思いがあったはずだ。
 来れば来たで、探していた男二人から、教会長やレフティの言っていた通りの「憎むべき」存在であると告白される。平静でいられるわけがない。頭の中が混乱してしまっても、なんら不思議はないのだ。
 カインと自分が話したことを、すぐに信じろという方が無理だろう。エーベルは息をつき、フランをふたたび座らせた。
「わたしたち、ここにいてもいいの?」
 彼女はこちらを、心配そうに見上げる。フランの心の揺れが伝わってきた。エーベルは彼女を落ち着けるために、言葉を探した。
「少なくともフランは、ここにいていいんだ」
「どうして?」
 彼は思わず頬を緩めた。
「宮中は危険だ。そういえば……きみもエレーナさまを小さい頃から、ずっとお世話してきた立場だったよね」
「そうよ? デメテール陛下に召し抱えられてから、ずっと。わたしの生活のすべては、あの大きな宮殿の中にあったんだもの。心配して当たり前じゃない」
 エーベルは正面を向き、静かに頷く。焚き火の火が揺らいだ。
「当たり前、だよね。そう、確かに言う通りだ」
 彼はフランに詫びる時間がほしかった。
 彼女がレフティを想う気持ちがあれば、クーデターなど起こさなくて済んだ術をかけていたからだ。その術が効力を失ったのは、自分自身の能力の限界のせいだという後悔があった。
「……さっきも言ったけれども、我々は人を守るための術はほとんどないし、そのための未来も予見できない。でも、わたしはきみに『レフティが変わらないでいる』祈りをかけた。限界だったんだ」
「それって、あんなふうにならないってこと? 怖かったよ、ほんとに狂っちゃったみたいに」
「そう」
 彼はあえて「きみがレフティから心を離さなければ、その術は効いている」ことは黙った。その代わり静かに両手を火にかざし、それから掌を自分に向けた。
 骨ばった指の長い掌は、転生のたびに人を殺めてきたものだ。カインと共に、渇いた欲望と共に。
 膝を抱えたフランは黙ったまま、目の前の火だけを見つめている。時折ぱちぱちと音がして、乾いた木が炎の中で折れていく。
 彼女が正面を向いたまま、わずかな沈黙を破った。
「……そういえば、さっき『善人になりたい』って言ってたね」
 エーベルも炎を眺めたまま、言った。
「言ったよ」
 フランが首を横に振り、静かに両手で顔を覆う。

 カインは目を開ける。そこはエレーナの私室の中だ。扉を叩く音が、乱暴に鳴り響く。目の前には机に向かっている女王がいた。彼女は体を震わせながら、固く目を閉じて両手で耳を塞いでいる。
 彼は扉に目線を走らせた。レフティが集団の中にいるのは知っている。
 聴力の優れたカインの耳に、扉を叩く軍人を止めたレフティの声が届いた。
「どんな手段を使ってもいい、孕ませろ」
 ぞっとするほど低く冷たい声に、扉の向こう側にいる何人かが同意する様子が伝わってくる。レフティは中庭でエレーナをとらえた後、何度か彼女の頬を打っていた。宮中の人間、全員の目の前で。そして拘置所の中に放り込む予定だった暴動に携わった者たちを、中庭に並べて一人残らず処刑していた。
 人は興奮状態が治まらない状態であれば、どんどん振舞いがエスカレートしていくのは常だ。もしもフランがエレーナの呼びかけに応じて立ち止まっていたら、彼女も一緒に首を撥ねられていただろう。……ほんの一瞬でカインの脳裏には、それらの情景が生々しく浮かんでいた。
 思わず顔を歪めたカインに、レフティの声が聴こえる。
「俺たちのうち誰かの子を孕めば、誰も邪魔をする者はいなくなる」
 急がなければ。カインはエレーナ女王の肩に手をかけた。びくっ! と、大きく身を震わせた彼女は、おそるおそる彼を見上げる。
「あっ……!」
 カインは人差し指を立て、唇の前に持って行った。
「声は立てないで」
 エレーナ女王がこちらを、すっかり怯えきった眼差しで見ている。その頬は真っ赤に腫れ上がり、瞼にも激しく泣いた跡があった。今朝から自室にこうして座るまでの間、どれだけ心に深い傷を負ったのだろう。
「あなたを守りに来ました」
 それだけ言うのが精一杯だ。言った瞬間、カインは傷ついた目をしているエレーナを、がむしゃらに抱きしめていた。

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魔王に抱かれた私……51 

[ 魔王に抱かれた私――優美香]

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51、心のかたち・2

「このままでは……レフティさまが、レフティさまが取り返しのつかないことをしてしまう!」
 教会長は泣きじゃくるフランの側に寄り添った。そして、彼女の肩にそっと手を添える。
「フランさん。もう泣かないで」
「でも……」
「宮中の様子は理解しました。カインさまからも、注意するように伺っております」
「カインが?」
 フランは顔を上げた。教会長は一瞬、天井を仰いだ。それから、ゆっくりと彼女に視線を戻す。
「まさか仰っていたことが、こんなに早く現れるなどとは思ってもみませんでしたよ。でも、安心してください。わたくしどもの教会には、宮中の軍閥は一人も入れさせないようにいたしますからね」
「カインは、一体なんと言っていたのですか? それに、今どこにいるの?」
 教会長は立ち上がり、フランに椅子に座るように勧めた。彼女は涙を拭き、教会長の対面になるように腰かける。
「おそらくレフティさまたちは、わたしの母の住居までは探していない。カインさまとエーベルさまは、そこにおられます」
 彼女は目を丸くして教会長を見つめた。上手く言葉が出てこない。
「教会長さまの御実家……?」
「ええ、軍閥の人間は基本的に魔術を嫌う。普通の人間には到底、考えが及ばないような山奥なんですよ。あの人たちには教えておりませんしね。それで、わたしがカインさまに、そこに行ったらいいと申し上げたんです。まあ、実際のところ、母は既に亡くなっておりますが」
「どういうことですか?」
「ま、試しに行ってみますか? わたしがここに来る前、修行を積んでいた場所に」
 フランはしゃくりあげながら、教会長に向かって頷いた。

 なんでもいい、とにかくカインに会わなければ。レフティが勘付く前に。フランは足元に絡みつく蔓つるを振り払いながら、けもの道を前へと進む。
 彼女は一枚の地図を握りしめている。宮殿よりも更に高台にある場所を、ひたすらに目指した。ようやく人が一人通れるほどの道に出たと思った矢先に、鬱蒼とした草だけが生える場所に出る。何度も繰り返した後、目線の上に自分の足幅ほどしかない平らな道を見つけた。
 必死でたどり着き、振り返って下を見る。気がつけば、自分の足元の下は断崖絶壁になっていた。フランは眩暈を起こし、思わず岩肌にぺったりと張り付いた。
「もっと上に修行の場所があるなんて、嘘でしょ……」
 フランは自分の身長ほどの岩肌を見上げる。こんなところをカインもエーベルも登ったのかと思うと、泣きたい気持ちになってくる。
「こんな所で修行なんかするなんて、正気の沙汰じゃないわよ」
 悪態をついてはみるが、少しでも体のバランスが崩れると絶壁の下に落ちてしまう。彼女は思わず上を見上げ、叫んだ。
「魔術師の、ばかやろー!」
 フランの声が木霊になって山の中に響く。
「こ、ここまで来たのに。帰るに帰れないよぅ……」
 べそをかきながら岩肌に張り付いたままの彼女の頭上「あれっ?」という男の声が聞こえた。
 人の声だ! そう思ったフランは、そちらをへっぴり腰で見上げた。すると。呆れたような、しかし、どことなく……うれしそうなエーベルの顔が見える。
「た、助けて」
「しょうがないなあ」
 彼はフランに手を伸ばした。
「お、重いよ。フラン」
「うるさい」
「助けてあげるんだから、文句言わないの」
 エーベルの素の姿が、いたずらっ子のような言葉の響きに染みてくる。フランは胸に詰まる泣きそうな気持ちを抑えながら、言葉を返す。
「早く上げてよ、落っこちちゃう」
「わかったわかった」
 彼女は急にエーベルの力以外にも、自分を引き上げてくれる存在がいることに気がついた。
 フランはつるつるした岩肌を踏みしめ、苦労しながら体を崖の上に移す。と、そこには出会った頃の幼さを残した微笑みをたたえるカインもいる。
「よかった……。ここまで来たのはいいけど、ここで死んじゃうのかと思ったのよ?」
 男二人は、泣きべそをかいた彼女がスカートを払うのを待つ。
「木霊が聞こえたから、来てみたんだよ。ともかく見てごらん」
 カインが身を斜めに動かし、フランの目の前の視界を開ける。
 そこにはバラックにも見える粗末な小屋と共に、空が広々とひろがっている景色があった。そよそよと夕暮れ近い空気が漂い、宮中の喧騒が嘘のように思えてくる。
 彼女は思わず息を飲んだ。
「ここは確かに、レフティさまも気がつかないはずだわ……」
 エーベルが、にんまりと頬を緩める。フランから見て、彼の笑みは、決して手放しで喜ぶようなものでもない。
 彼女は二人を、あらためて見上げた。
「あなたがたの言った通りのことが起こったの。それで、ここに来たのよ」
 カインは頬を引き締め、静かに告げる。
「きみの声が聞こえた時に直観した。きっと、そうなんだろうと。フランがここに来るのも、わかっていたよ」
 フランは彼の言葉を聞き終わる前に、眉を上げた。そして、カインとエーベルを交互に見遣る。
「わかっていた、って、どういうこと? やっぱり、レフティさまが言っていた通りなの? 本当に『魔王』なの?」
 男たちは彼女に向かい、寂しそうな笑みを浮かべた。
 フランは大きくため息をつき、立ったまま顔を覆う。彼女の心の中に、彼らと過ごしてきた宮中生活の日々が浮かんで消えていく。
「どうして黙っていたの……」
 彼女は嗚咽を漏らした。三人の姿を夕陽が照らしはじめている。カインが長い沈黙の後、もどかしそうに言葉を作った。
「『善人』になりたかったんだ。ただ、それだけだった」
「善人……?」
 フランの脳裏に、エレーナの笑顔が浮かぶ。彼女もまた、女王が幼い頃から宮中にいた人間だ。カインとエレーナの姿を思い出しても不思議ではない。
「もしかして、エレーナさまのために?」
「そう」
 遠い目をして頷くカインが別人に見える。フランは肩を落とし、俯いた。
「ずっと、あなたがたの味方のつもりだったのに」
 俯いたままの彼女の上から、エーベルの声がする。
「あのね、フラン」
「なに?」
 フランは顔を上げた。エーベルもカインも、なぜか泣きそうに見える。
 カインがなにかをこらえながら、ゆっくり唇を開いた。
「今度こそ『善人になりたい』と心から願う我々を、きみは信じられるかい? もしも打ち明けていたら、信じてくれたかい?」
 彼女は二人の男の顔を見比べ、瞼を閉じた。そして、心の底から自分の誠実さが彼らに届けばいいと念じつつ、カインをまっすぐに見た。
「難しいことはわからない。でもね、今は信じたい。前からカインのこと、知ってるから」
「……ありがとう」
 そよぐ風が冷たい。フランが気がつけば、空に星がまたたき始める時間になっていた。

 小屋の前、焚き火の周りに三人は座っている。
 フランがスープカップで両掌を温めながら、二人に尋ねた。
「これからどうするの?」
 カインは彼女の問いに少しだけ唇を尖らせ、考え込む。フランは彼の言葉を待った。
「レフティの出方次第で、我々も動きを変えるつもりでいる」
「そう」
 フランは力なく俯き、言った。
「少し前に、レフティさまは『夢で魔王にうなされる』と仰ってたことがあった。カインは魔王だって。その時、もっと真剣に聞いて差し上げていたら……あんなふうに、変わってしまわれなかったかもしれない。わたしが悪いの、きっと」
「それは違う」
 エーベルが首を振った。
「なにが違うの。少なくとも、あの人と近いところにいたんだもの」
「そういうことじゃないんだよ、フラン。我々は人を殺めたり、傷つけることには長けている。でも……人を守ることの能力は、ほとんどないんだ」
 彼女は瞼をぱちぱちさせながら、エーベルを眺めた。
「なんだか世間が一緒くたになって、こっちを騙しているような気がしてきたんだけど」
「どういうこと?」
 エーベルの瞳が炎を受け、澄んだ海のような色になる。彼は、その目でフランを見つめた。
「あ、ああ……。なんて言ったらいいのかしら。レフティさまが変わってしまったのは、あなたがたの『魔力』が足りなかったから、っていうことなの? 教会長さまも仰ってたけれども、本当にそうなの? 本当に善人になりたくて、転生してきたの? ごめんなさい、こんなこと言うなんて。さっき信じたいって言ったばかりなのに、どうしても実感が沸かないの」
 カインはなにも言わずに焚き火を離れ、小屋の中に入って行く。エーベルは彼の背中をちらりと見遣り、ふたたび彼女に視線を向けた。
「そうだよ。きみの思っている通りさ。子供の頃に誰かから教わらなかった? あの通りなんだよ。わたしも、カインさまも」
 フランが大きくため息をつく。今日一日、あったことを整理しようと思っても上手く行かない。なにが本当で、なにが嘘なのか。彼女の心に、軍人に頬を打たれたエレーナの姿が浮かんできた。きっと、エレーナさまも同じように混乱しているに違いない……。
「じゃあ、こんなことになったのは必然だったのかしら」
「たぶん。避けては通れなかった」
「……もしも本当に伝説の通りなら、レフティさまと、あなたがたが刺し違えるところなんか見たくないわ」
 彼は静かに笑った。
「カインさまは言ったよ、『運命なら変えてみせる』って」
 フランは膝を抱え、彼らが話してくれた言葉の一つ一つを思い返している。エーベルは彼女を軽く覗き込み、言葉をつなぐ。
「三人の負の連鎖が、終わる時が近づいている。その時に、我々はエレーナさまと、信じてくれたきみが生きていてくれたら、それでいい」
 彼女は胸を突かれ、涙をいっぱいに溜めた目でエーベルを見据えた。
「男って勝手ね」
 言いたいことは沢山あった。しかし、フランは陳腐な言葉しか出てこない自分を呪う。当の言われた本人は、愉快そうに大きな声を上げて笑った。
「あはは、ルーンケルンの再生に、エレーナさまは絶対に必要なんだよ」
「そういうことじゃないわよ」
「わかってるって」
 エーベルは真顔に戻り、フランに向かって力強く頷いた。
「わたしは危険を知らせに来てくれた、きみのために信義を尽くそう」

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魔王に抱かれた私……50 

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50、心のかたち・1


 フランは半ば取り乱しながら、魔術師に懇願した。
「お願い! どこに行くとか、なにも言ってなかった?」

 ――彼女は昨日の夕刻に交わした、カインとの会話を思い出していた。
 昨日は夕刻からの勤務だった。フランはバスケットを携え、洗濯室から出た途端にカインとエーベルに鉢合わせをしたのだ。
「久しぶりじゃない? そういえばエディット王室の式典に行ってたんだよね?」
 エーベルは気さくに話しかけるフランに、頬を緩めた。
「うん、まあね」
 カインも彼女を眺めて痩せた頬を撫で、ほっと息を継いだ。フランは二人を交互に眺めつつ、頬を上気させた。
「いいなあ。わたしも皇太子の婚礼に招かれる身分になってみたいな」
 いかにも素朴で裏のない彼女の言葉に、カインは心の重荷が軽くなるような気がする。それはエーベルも同じだった。男同士は顔を見合わせ、思わず笑顔を浮かべた。
「そんなに良い旅ではなかったんだけどね」
 カインの言葉に、フランが不思議そうな顔をする。
「そうなの? ……まあ、名代として行ってたら、想像もつかない気苦労もあるわね。よかったら、旅先の洗濯物を出して頂戴。すぐに洗ってあげるから。制服とか、汚れていると思うし」
 カインは彼女の申し出に、首を横に振った。
「汚れているんだけれどもね。今日から我々はしばらく……しばらく、ここにはいないから」
 二人を見上げているフランは、大きな目を更に丸くした。
「どうしたの? また、どこかに行くの?」
 エーベルが静かに手を振る。
「隠しようがないから、きみには言うよ」
「なあに?」
「さっき、エレーナさまから一切の任務を解任された。我々は、しばらく宮中には近寄らない」
 絶句するフランに、エーベルは独り言のように言葉を重ねた。
「しばらく……。うん、そう。しばらく、だ」
 カインは彼に同意するように頷く。が、フランだけが唇をぱくぱくさせながら、必死で頭の中を整理しようとしている。
「えっ? え? どういうこと? カインとエーベルが、なんですって?」
 カインは心を痛めながら、善き女友達に告げた。
「……宮中から出て行くようにと言われたんだよ、エレーナさまに」
「ど、どうして?」
 彼は青ざめるフランに、無理に明るく微笑んだ。
「色々とね。でも、そう遠くないうちに帰ってくると思うよ」
「ちょっ……ちょっと待って! それまで、どこにいるのよ?」
 彼女の動転ぶりに、カインたちは内心であわてた。まさかフランが、そんなに心配してくれるとは考えていなかったのだ。
「とりあえず隣の教会に泊めてもらう。それから先は、たぶん……」
 フランはカインを真剣な眼差しで見つめている。迂闊なことは言えない、と彼は思った。実際、行く宛ては決まっていないのだ。
「たぶん、ここからは離れた場所には行かないと思うよ」
「そうなの?」
「時が来れば、また戻ってくる」
 彼女の顔に、ほんの少しだけ安堵の色が広がった。ふと、エーベルがフランの顔を見て、なにかを思い出したように言いかける。
「どうしたの?」
「きみに頼みがあるんだよ」
 エーベルは頬を引きしめ、彼女に向き直った。
「頼み?」
「そう。わたしからの頼み」
 フランは素直に頷いた。
「近々、宮中になにかしらの災いが起こる。その時が来たら、身ひとつでいいから逃げてくれ。そして二度と宮殿には近寄らないことだ」
「どういうこと?」
 彼女は眉をひそめた。フラン自身も、この頃の宮中の雰囲気が変わったことに気がついている。しかし、エーベルの口から「なにかしらの災い」と言われるのには抵抗を感じた。
「深く問わなくても、すぐにわかることだよ」
 彼女は不安気な目をカインに向けた。彼もまた、厳しい顔つきでエーベルに同意しているように見える。フランは素朴に眉をひそめた。言葉にしようと息を吸った時、エーベルが口を挟む。
「フランには、助かってほしいんだ」
 ――助かる? 
 彼はフランがレフティから、惨殺される未来が視えていた。
 未来を変えてしまうことは、我が身に後から、変えただけの未来と同じ重みの禍根が降りかかってくることに通じる。……エーベルは潔く、禍根を身に受けることにする。
「巻きこまれてほしくない」
 真摯な彼の言葉が更に、彼女の心にたたみかける。フランは一瞬で決めた。
 ――この人たちが、嘘をつくはずがない。
「わかったわ。よくわからないけど、約束する」
 頷いた彼女に、カインは頭を下げた。
「申し訳ないね」
 フランはあわてて手を振った。
「いやだ、なに謝ってるのよ。カインらしくもない。エーベルもよ? それに、わたしたちって付き合いも長いじゃない、水臭いなあ。一生会えなくなる訳じゃないんでしょう?」
 わざとおどけてみせた同僚に、彼ら二人は心の中で詫びた。自分たちの力が足りないせいで、大事な人を傷つけてしまってばかりいる。善人とは一体、なんだろう。
 フランの寂しそうな視線を感じながら、カインたちは背中を向けたのだ。

 老いた魔術師は困ったように、フランをなだめる。
「もしかしたら、ですが。教会長は、カインさまがどこに行かれたか、ご存知かもしれません。昨日の夜、お話しされているのを見ましたから」
「本当ですか?」
 彼女の顔が、ぱっと明るくなった。
「確約は、できませんよ?」
「い、いいんです! 教会長さまに会わせてください!」
 ようやくフランは肩から力を抜き、魔術師の後をついて行った。教会長はエレーナ女王の戴冠式で、冠を授けた人間だ。彼女は一縷の望みを託した。
 教会の中の造りは、宮中とよく似ている。フランは自然と、両の掌を握りしめていた。やがて彼女を連れた魔術師が、ひとつの部屋の扉を叩く。
「どうぞ」
 中から張りのある、明るい声がした。魔術師が扉を開けると、奥のマホガニー製の机についている教会長が顔を上げる。
「宮中のリネン係の方ですね」
 教会長はフランが名乗るよりも先に、彼女に笑いかけた。フランは、大きくため息をつく。
「フランと申します。急に申し訳ありません。どうしても教会長さまに、お伺いしたいことがございます」
 老いた教会長は微笑み、彼女を手招いた。
「こちらへどうぞ」
 フランを案内してくれた魔術師が下がり、扉を閉める。彼女は、うなじのほつれ毛を直しながら教会長の元へと歩き、深々と頭を下げた。
「カインの居場所を教えてください。今、宮中が大変なのです」
 教会長はフランを、じっと見つめた。
「大変、とは?」
 彼女は大きく深呼吸をする。さっき肌身に染みた混乱状態を、上手に言葉に表せる自信がない。
「軍部の人間が、カインとエーベルを『災いの元』として血眼になって探しています。エレーナ女王も軍人に頬を殴られました。レフティさまも急に、人が変わったようになってしまわれました」
 フランは思いついた言葉を、一気に吐き出した。教会長は身じろぎもせず、耳を傾けている。
「昨日、カインとエーベルに言われたんです。『宮中に災いが起こる。そうしたらフランは逃げろ、二度と宮殿には近づくな』と。教会長さまは二人から、なにか聞いてはいらっしゃいませんか?」
 彼は小さく「ふう」と吐息をこぼし、椅子に座り直した。そして、改めてフランに問いかけた。
「フランさん。他にレフティさまは、なにか仰っていませんでしたか?」
 彼女は首を横に振り、両手で顔を覆った。
「カインのことを『魔王』だと」
 教会長は深く目を閉じ、開ける。
「同じことを、カインさまは仰っておられました」
 フランは激しくかぶりを振った。
「嘘! 前からレフティさまは、カインのことをそんな風に仰っていた。でも、そんな恐ろしい存在がカインだなんて! それと今日のことと、なんの関係があるっていうんですか!」
 彼女の記憶にあるカインは、いつも穏やかに笑んでいる男としか残っていない。それと、教え子のエレーナ女王の言葉に一喜一憂する、どこにでもいる教師の姿だ。
 不意にフランの脳裏、小さい頃から読んでいた絵本の内容が浮かぶ。
 魔王と魔族たちは、この世界を侵略しながら生き延びてきたと言い伝えられている。彼らがルーンケルンの戦士に阻まれ、魔王が殺された話だ。
 絵本の結末は、戦士は称えられる。が、逆に魔族は忌み嫌われて終わる。

 彼女は大きな悲鳴を上げ、教会長の目前で泣き崩れた。このままでは、カインがレフティに殺されてしまう。
 わたしはレフティさまを止められなかった。わたしのせいだ。

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魔王に抱かれた私……49 

[ 魔王に抱かれた私――優美香]

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49、「呪術」発動・2



 開け放たれた扉の向こう側には、目を血走らせたレフティがいた。議場にいた誰もが息を飲み、彼を見つめる。
 レフティの眼差しと、剣の切っ先はエレーナ女王へと向いていた。彼女は部下に刃を向けられていることに気がついた瞬間、全身を震えと眩暈が襲った。
「なぜ……?」
 呆然としたエレーナの唇が、かすかにゆがむ。彼女のかすれた声が、しんとした議場に響いた。レフティの冷ややかな言葉が返ってくる。
「あなたは俺を騙しているでしょう?」
「騙す? わたしが?」
 レフティが、つかつかと議場の中に入ってきた。彼の後から部下が議場に入り、壁に背中を向けて居並んだ。室内が軍人に占拠された形だ。レフティの部下は皆、彼と同じ正気を失った目をして剣をかざしている。
 レフティは室内を見渡し、最後に視線をエレーナ女王に向けた。
「カインを宮中から追い出せと言ったのに、逆らったでしょう?」
「なっ、なんのことです……?」
 彼女は激しく首を横に振った。昨夜までは理解しあえていると思った部下が、自分に剣を向けるなどありえない。ましてや相手は「カインには渡さない」と言い、自分の処女を散らした男なのだ。エレーナはただただ、急変したレフティを凝視することしかできない。
 それとも「男」とは、女の気持ちにお構いなく、セックスができる生き物なのか。彼女の心の中、わずかな静寂の間、様々な思いがよぎっては消えて行く。
 彼は目を血走らせ、そんなエレーナを嘲笑うかのように顎を上げた。
「カインとエーベルを国内のどこか……。いや。本当は宮中に匿っているでしょう?」
「おりません! わたしが『出て行って』と命令したのです、あなたも聞いていたでしょう? 疑うなら今すぐ探したらどうですか」
「ふん、どうだかね」
 レフティは鼻先でエレーナを笑いながら近寄り、彼女の後ろに立った。そして背中から女王をとらえ、彼女の目の前に切っ先をちらつかせる。
 室内に「ひっ」という声が幾つか上がる。壁際に立つレフティの部下は、声を出した女性たちを鋭く睨みつけた。レフティはエレーナにだけ聞こえるように囁く。
「あれだけ『あいつには渡さない』と言ったのに。あなたは全く理解していらっしゃらない」
「や、やめてください……」
 彼女の心に、カインの言葉がよみがえった。
 ――レフティを指揮なさるのがエレーナさまなのですよ。
 エレーナは瞼を、ぎゅっと閉じる。記憶の中のカインは、なにもかも許すように笑っていた。彼女は静かに問いかける。
 ――そうね? わたしはレフティを指揮していいのよね?
 カインが頷いてくれたような気がした。女王は大きく唾を飲み込み、背後のレフティに首を向ける。
「本気で、わたしに逆らうつもりですか? 信じることもできないのですか? 思い込みで、こんなことをして満足ですか?」
 エレーナの押し殺した声に、彼の眼差しが一瞬、怯む。
 彼女は力を緩めたレフティを、思いきり突き飛ばした。不意を突かれた彼の手から剣が落ちる。エレーナ女王は振り返り、彼を一喝した。
「控えなさい!」
 生まれてはじめて感じる強烈な怒りが、彼女に生まれていた。議場の中は静まり返り、エレーナとレフティの姿を、誰もが固唾を飲んで見つめている。
「暴動を鎮めに出かけたと思えば、レフティ自身が暴動の中心になっているではありませんか!」
 彼は血走った目をエレーナに向ける。その姿は、まるで、なにかに取り憑かれたようにしか見えない。
 レフティは唇を歪めた。落とした剣を拾おうとした時、エレーナがさっと腰を屈める。女王は彼よりも、わずかに早く剣を拾い上げた。
 そして、壁際にずらりと立ち並ぶ軍人たちに言い放った。
「レフティよりも、わたしの言うことを聞きなさい!」
 張りのある若い声が、議場にいる全員の耳に行き届く。その声に眉を吊り上げた一人の港湾軍人が、つかつかとエレーナに歩み寄った。
 その軍人は憤怒の表情で、ぎょっとした形相を隠せない女王の頬を打つ。
「あんたになにがわかる! 魔王の手先め! あんたが国家に災いを呼び寄せてるんだろうが!」
 魔王の手先? わたしが……?
 エレーナは片方の頬を押さえ、自分を殴った部下を睨みつけた。その、ごくわずかな沈黙の後、壁際にいた軍人たちに向かい、議場にいた一人一人が飛びかかっていく。
 彼女は議場の乱闘に乗じて、一人の女性が議場から出て行くのを見定めた。
「あれは、さっきの……!」
 女王は直観した。ロニーと一緒に挙手したリネン係だ。彼女は即座に使用人の後を追った。
 もしかしたら、彼女がカインの居場所を知っているかもしれない。昔から何度か、カインと彼女が親しそうに話をしているのを見たことがある。
 エレーナは走りながら、一縷の望みに賭けた。
「待って……!」
 エレーナは叫んだ。が、リネン係の背中は立ち止まることなく、駆け出す速度を上げた。
「ま、待って……!」
 女王はリネン係を追いかける。もしも見失ってしまったら、二度と彼女に会えないような気がしたのだ。
 リネン係は中庭を抜け、宮殿に隣接している教会の敷地に入った。エレーナが彼女の先回りをして、教会へと行ける早道に向かおうとした時だ。
 ざっ、と芝を踏みしめる音がした。
 彼女の目の前に立ち塞がる男がいる。顔を上げると、レフティが不気味な笑みをたたえ、こちらを見下ろしていた。
「どこに行こうとなさっているのですか?」
 もう終わりだ……エレーナ女王は、がっくりとうなだれた。彼女の頭上、勝ち誇ったようなレフティの声が聞こえる。
「あなたはもう、俺のものなんですよ? 勝手なことをされては困ります」
 俺のもの、という言い方が彼女の癇に障った。エレーナは唇を噛みしめ、顔をあげる。打たれた頬が、ひりひりと痛みだした。
「訳を聞かせていただけますか? なぜ突然に、こんなことになったのかを。それさえ話してくれたら『勝手なこと』をしないよう、誓えるかもしれません」
 レフティは眉を上げ、女王をきつい目線で見据えた。
「かもしれない、とは? 俺は軍人として、ルーンケルンから災いの種を断ちたいだけだ。草の根分けても、カインとエーベルの居場所は突き止める。たとえ国外に逃げていても」
 エレーナは頬を押さえ、彼を見上げた。
「わたしは彼らに、なんの手引きもしていません」
「嘘だ」
 彼は顎を上げ、女王に向けて鼻を鳴らす。エレーナは思わず、頭に血が上った。
「嘘ではありません!」
 どうして信用してもらえないのか。彼女は理不尽な思いで胸が一杯になる。レフティがエレーナの心を見透かすように、わざと腰を落として上目遣いで彼女を見つめた。
「彼らが国外に出た形跡がないからです。かと言って、めぼしいところを探しても、どこにもいない」
 エレーナは唇を震わせた。
「だからと言って『わたしが手引きをしている』とは言いがかりです。宮中は探しましたか?」
「もちろんです。議場に入る前に部下に隅々まで探させた。しかし、彼らはどこにもいない」
「わたしが知る術(すべ)は、ありません」
 しかし、レフティは首を横に振った。
「あなた以外に誰がいる? 彼ら二人は、あなたの側にいなければ単なる腑抜けに過ぎない。わかっているはずでしょう? 小さい頃から一緒にいたあいつを、あなたは丸裸のまま放り出せるはずがない。きっと後から、なんらかの便宜を図っていたに決まっている。……この俺の目を盗んで」
 エレーナの顔に絶望が広がっていく。どう言っても、この男には通じない。
 言われてみればレフティの言う通りなのだ。カインもエーベルも、ひたすらに自分のために尽くしてきてくれた臣下だった。その彼らに、感情のおもむくまま「出て行って!」と叫んだのは他ならぬ自分だ。

 女王の膝から力が抜けていく。
 レフティは彼女を見下ろし、勝ち誇った笑みを浮かべた。そして首を振り、ひそかにつぶやく。
「ヴィクティム……あんた、俺をこうしたかったんだろう?」
 エレーナの聞いたことがない、西の呪術師の名前だった。

 フランは荒く息を継ぎながら礼拝堂の中に入り、声を枯らしながらカインの名前を呼んでいる。
「カイン! カ、カインー!」
 素肌に一枚の大きな布をまとった品の良い老魔術師が、彼女の格好を見て驚き、静かに声をかけた。
「カインさまもエーベルさまも、もう教会からは出て行かれましたよ」
「ええっ……! ま、まだ一日しか経っていないのに? ど、どこに行ったの?」
 フランは気が狂いそうになりながら、魔術師にすがりついて叫んだ。
「お願い! 知っているなら教えて! た、大変なの!」
 ――彼女の頭の中には昨日の夕方、二人と交わした会話の光景がありありと浮かんでいる。


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ガチバトル・イン・ダンジョン……52 

[ ガチバトル・イン・ダンジョン―山口さま]

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第五十二話・最強の証明


 俺たちがいるのは搭の十階。敵は藤堂さんの分身だ。
 レベルは100で、いくらダメージを与えても倒れない。なので、バーストコンビネーションをぶちかましてやるつもりだ。それならいけるだろう。
 仁が藤堂とやり合っている間に距離を詰めた。よし、間合いに捕らえたぞ。今だ!
 眼前に、赤く輝く文字が浮かび上がる。
「バースト・コンビネーション」
 ところが斬撃は空を切った。藤堂が「瞬間移動」のスキルで逃げ出していたからだ。
 一回出したらしばらく出せないのに、はずしてしまったのはきつい。
 彼の姿を探すと、上空に浮かんでいた。なんでもありだな、あの人。
 鏡とアイリーンが、スカーレットジャベリンとインフィニティージャッジメントで怒濤のラッシュをかける。ダメージは227、235、224、251、248……これだけ喰らっても、まだ倒れない。一体どうなってるんだ?
 彼は上空に浮かんだ状態で、俺を見下ろしながら言う。
「どうです、悠真さん。驚きましたか?」
「まあ……」
「私は、回復の技やスキルを使えません。武器も防具も装備できません。そういった制約の代償として、図抜けた体力を手にしました」
「あなたの本体は、このゲームの開発者でしょう。自分の強さなんて、好きに調節できるんじゃないんですか?」
「その通りです。しかし……」
 藤堂は爆炎や電撃を次々と喰らいながら、穏やかな表情で続けた。
「ゲームの最後の敵が完全無欠の強さを持っていたら、誰もクリアできないではないですか」
 まあ、それはそうだ。
「さて、おしゃべりはここまでにしましょう。そろそろいきますよ」
 藤堂は天井の辺りまで浮かび上がり、両手をこっちに向けた。その頭上に何やら文字が表示されているが、よく見えない。
 鏡が俺に向かって叫ぶ。
「ギャラクシー・スターフォール! 全体攻撃です!」
「威力は?」
「一人あたり1000から1500です!」
 って、充分すぎるほど強いじゃないか。ふざけんなよ、おっさん。
 次の瞬間、直径五メートルくらいの白い球が次々と降ってきた。それらは俺たちに直撃し、大爆発を起こす。
 アイリーンと鏡が悲鳴を上げたが、被害は受けていない。俺が身代わりと鉄壁を使って、全員のダメージを軽減したからだ。
 仁が横から声をかけてくる。
「悠真さん、すいません!」
「気にすんな。ただ、このスキルはもう使えない。次に全体攻撃が来たら、お前が双璧と身代わりを使って防げ」
「わかりました!」
「それから、アイリーン」
「え?」
「仁が身代わりを使ったら、ヒールタッチで彼を回復させろ。できるな?」
「何回もやれば、1000くらいは回復させられると思うよ」
「上等だ……って、えっ?」
 思わず目を見張った。いきなり眼前に藤堂が現れたからだ。
 続けて、頭上に文字が現れる。
「フォースフィスト・スマッシュ」
 その拳が光り輝き、ボディブローが俺の腹に突き刺さった。続けてアッパーカットで打ち上げられる。ダメージは258、272。鎧を着てるのに、すさまじい被害だ。
「ぐああっ!」
 空中で悲鳴を上げた俺の視界に、彼の姿が浮かんだ。右の手のひらが向けられると同時に、新たな文字が表示される。
「ジェノサイド・バースト」
 途端に俺の体は爆炎に包まれ、地面に叩きつけられた。ダメージは365。死ぬ、ガチで死ぬ!
 痛みのあまり起き上がれないでいると、アイリーンが近寄ってきてヒールタッチで回復してくれた。藤堂が急降下し、今度は彼女に襲いかかる。やらせるか!
 急いではね起き、奴に向かって剣を突き出した。しかし、綺麗にかわされている。
「まだまだですねえ」
 そんな事を言ってられるのも、今のうちだ。
 瞬時に踏み込み、さらに突きを放った。これもあっさりとかわされている。でも想定内だ。
 彼の右足を思いきり踏みつけ、直後に顔面へ頭突きを放つ。
「がはっ!」
 藤堂が鼻血を噴いてよろめく。さあ、俺のターンだ。存分に暴れさせてもらおう。
「おおおお、らあああああっ!」
 スキル「爆発」を発動し、肩を斬りつけた。さらに胴を払い、足を払い、胸に向かって突きを放つ。ダメージは281、256、277、293。まだまだ終わらない。
 袈裟がけに斬り、逆袈裟に斬り、胴を薙ぎ払い、さらに連続で突きを放った。ダメージは299、301、275、196、194、197。さあ、とどめといこう。
「あんたに教えてやるよ、誰が最強なのかって事をな!」
 眼前に「イフリート・スラッシュ」の文字が浮かんだ直後、真紅の閃光が藤堂を斬り裂いた。続けて大爆発が起こり、獄炎が彼を包み込む。
「うがあああっ!」
 俺は跳び下がり、仲間たちに向かって叫んだ。
「やれ!」
 緋色の槍と氷の矢が殺到し、さらに電撃がほとばしる。加えて銀の矢が連続で突き刺さり、光の球が次々と炸裂する。
 剣を構え、藤堂の横を一瞬で払い抜けた。再び大爆発が起こり、彼の体を吹き飛ばす。
「俺の前に立ったのが、あんたの運の尽きだ」
 俺は剣に付いた血を払い、鞘に収めた。



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ガチバトル・イン・ダンジョン……51 

[ ガチバトル・イン・ダンジョン―山口さま]

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第五十一話・最終決戦


 俺たちは九階のショップから、階段で十階へ上がった。
 そこは、直径五十メートルくらいのプラネタリウムだった。頭上には満天の星が煌めいている。また、空の中央には無数の穴があいた巨大な銀色の球があり、穴の中から強い光を放っていた。
 腕にはめたステータスチェッカーから、美羅の声が聞こえてくる。
「ここが最上階だよ。気を抜かないでがんばってね」
 そうか、遂にゴールへたどり着いたんだな。
 俺は、感慨にふけりながら仲間たちを眺めた。ここまで来る事ができたのはみんなのおかげだ。
 まずはアイリーン。ピンクのストレートロングと白い肌、紫の瞳をした美しいラミアだ。ダンジョンの序盤から、陰日向なく俺を支え続けてくれた。肌を重ねた回数も数えきれない。
 次にディアナ。銀色のサイドテールに小麦色の肌、紫色の瞳をしたブラックエルフだ。弓の達人で、その見事な腕に何度となく助けられた。
 それから鏡。黒いツインテールにぱっちりした目、白い肌をした美少女だ。魔法の達人で、ディアナと同様に大きな戦力となってくれた。
 最後に仁。茶色の短髪に血色のいい肌、整った顔をしたイケメンだ。
 槍の使い手で、いつも重たそうな全身鎧を身につけている。体力がずば抜けて高く、パーティーの盾として働いてくれた。
 この四人がいなければ、俺はここに立っていなかっただろう。感謝してもしきれない。
「みんな、今までありがとう。ゲームクリアは目前だ。最後まで気を抜かずにがんばろう」
 仲間たちが強くうなずく。
 それにしても、ラスボスはどこにいるんだろうか。周囲を見回していると、いきなり前方に人影が現れた。だ、誰だ?
 九階で買ったアルティメットブレードを構えて凝視すると、それは三十歳くらいの男性だった。
 黒い長髪に痩せこけた顔、白っぽい肌にぎょろぎょろとした目。着ているのは黒いスーツだ。
 その頭上に、光輝く文字が表示される。
「藤堂 レベル100」
 え、まさか……この人がラスボス?
 硬直していると、彼は両手を広げて微笑んだ。
「悠真さん、よくここまでたどり着きましたね。あなたの事は、本物の藤堂から聞いております」
 本物の……藤堂?
「私は彼の分身です。もっとも、分身のスキルで生まれたわけではありません。攻撃力も体力も、本物と同じです」
「は、はあ」
「私を倒せば日本へ通じる扉が開き、帰る事ができます。開くのはわずか五分だけですが」
「わかりました。一対一で戦えばいいんですか?」
「いいえ、五対一で構いませんよ。どうせ勝てないでしょうし」
 ずいぶんナメてくれるもんだ。まあ、その方がありがたいけど。
 俺は、アルティメットブレードを突き付けた。銀色の直剣で、このゲームの中では最強の部類らしい。
「じゃあ全員でいきますよ、いいですね?」
「いつでもどうぞ」
 武器も防具もない状態で、よく余裕をかましていられるもんだ。俺は、感心しながら仲間たちに呼びかけた。
「一斉攻撃だ、いくぞ!」
 銀色の閃光が次々と走り、藤堂の体に突き刺さった。ディアナのファイナル・ディザスターだ。
 ダメージは225、231、228、226、214。これだけ喰らっても彼は平然としている。
 続けざまに鏡の放った緋色の槍が連続で突き刺さり、アイリーンが作り出した無数の光の球が炸裂した。藤堂はそれらを全身で受け止めながら、薄笑いを浮かべている。化け物じみた体力だ。
 さらに仁が突進し、ダイヤモンドスピアの一撃を繰り出した。藤堂がひらりとかわし、跳び下がって口を開く。
「なかなかやりますね。ここまで来ただけの事はある」
 仁が一旦槍を引き、油断なく構えながら言う。
「そんな口を聞いていられるのも今のうちだ」
「ほう、何かおもしろい物でも見せてくれるんですか?」
 仁は答えず、いきなり相手の足を踏みつけた。それから間髪入れずにスクリュードライバーを放つ。
「終わりだ、逝け!」
 その途端、彼の眼前にいきなり鉄の盾が出現した。槍の一撃はあっさりと防がれてしまっている。
「くっ……」
 藤堂は盾を消し去り、相変わらず薄笑いを浮かべている。
「さすがに、それは喰らえませんね。顔面を貫かれたら命に関わります」
 俺は、その間にじりじりと間合いを詰めていた。彼の意識が他へ向いているうちに近づき、バーストコンビネーションを決めれば終わりだ。
 再び仁が前進し、鋭い突きを繰り出した。しかし、またもや鉄の盾で防がれている。
 その直後、彼の頭上に文字が表示された。
「ゲートクラッシャー」
 白銀の閃光が走り、鉄の盾を粉々に打ち砕く。続けて、新たな文字が浮かび上がる。
「アシッドスプラッシュ」
 仁の右手から透明な液体が噴射され、藤堂の全身に降りかかった。彼は顔をしかめながら後ずさる。
その服が溶けかけているところを見ると、恐ろしく強力な酸らしい。
 仁が連続でスクリュードライバーを放ったが、藤堂は体をひねってかわしている。よし、そろそろいくか。
 俺はアルティメットブレードを構えて疾走した。これで決めてやる!



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ガチバトル・イン・ダンジョン……50 

[ ガチバトル・イン・ダンジョン―山口さま]

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第五十話・悠真の覚悟



 俺たちは現在、塔の七階でレベル52の三人組と交戦中だ。
 その部屋は天井から床まで黒い大理石でできており、壁に埋め込まれたランプが周囲を照らしている。
 いい加減に叩き潰したいところだが、連中が強すぎて一向に勝負がつかない。瀕死の状態から立ち直ってくるのだから困ったものだ。
 俺は剣を構えたまま、仲間たちに呼びかけた。
「いくぜ! 攻撃目標はシンジだ!」
 四人の味方が武器を振りかざす。その直後、ゴウの頭上に文字が表示された。
「メタリック・ボディー発動」
 彼のたくましい肉体が、みるみるうちに銀色へ変わっていく。どうやら金属の体になってしまった様だ。
「ふははは、覚悟しやがれ。もうテメーらに勝ち目はねーぞ!」
 続いて、ナオトの頭上にも文字が浮かび上がる。
「バーニング・ボディー発動」
 その体が激しい炎に包まれていく。よく熱くないもんだ。
 最後に、シンジが俺を指さして叫ぶ。
「ターゲットは悠真だ、行け!」
 ちっ、一人狙いかよ。面倒な事になったな。
 次の瞬間、ゴウが鉄棒で薙ぎ払ってきた。後退してかわしたところに、ナオトの燃え盛る槍が殺到する。
 身を翻してそれを避け、ナオトを斬りつけた。彼が顔を押さえながらよろめく。
 とどめを刺そうと踏み込んだその時、金属製の爪を両手に装着したシンジが立ちふさがった。その頭上に文字が表示される。
「バイオレント・ネイルラッシュ」
 次の瞬間、鋭い爪の連続攻撃が俺を斬り裂いた。ダメージは158、164、173、165。
 彼が目を見開き、爪を振りかざして叫ぶ。
「はっははは、死ね! これでテメーは終わりだ!」
 奴が十文字に斬りつけてきたが、咄嗟に跳びのいてかわした。さらにスキル「双璧」を発動する。
 さあ、ここが生死の分かれ目だ。危険を承知で技をかけさせてもらおう。
 体力が947まで跳ね上がったところで、シンジたち三人に向かってクランブル・タワーを放った。轟音と雷鳴が響き渡り、彼らと俺の体力を900ずつ削り取る。
「うぎゃああ!」
「こいつ、正気か?」
「や、やべえ。やられる!」
 俺は素早く跳びのき、鏡に向かって叫んだ。
「鏡、やれ!」
「了解!」
 彼女が右手を振り下ろした瞬間、真っ白な円が三人の体を軸にして広がった。彼らは目を見開いて絶叫する。
「ぎゃあああ、ああああーっ!」
「うがああああ!」
「た、助け……ひゃああああ!」
 涙を流してわめくシンジたちの周りに、白い光の球が降り注ぐ。アイリーンのインフィニティー・ジャッジメントだ。
 白い爆炎が次々と巻き起こり、彼らの体を吹き飛ばす。
「ぎひいいいいっ!」
 爆音が収まった後、そこには武器と肉塊が転がっていた。どうやら勝敗が決まったらしい。
 アイリーンが俺に抱きつき、ヒールタッチで回復してくれる。
「悠真、かっこよかったよ」
「ありがとう」
 俺たちは武器を拾い集め、七階を後にした。さあ、どんどん行ってみよう。

 それからも順調に勝ち進んだ結果、ついに塔の九階へ到達した。そこは階全体がショップになっており、寝室やシャワールームも用意されている。天井と壁は白いレンガで、床はフローリングだ。
 中央のカウンターの中には美羅がいて、珍しそうに周囲を眺めている。俺は笑顔で声をかけた。
「どうした? 何かあったか?」
「いや、あの……つい最近、ここを任される様になったんだけどね。広いなあと思って」
 確かに広い。ショップは全体が円形になっていて、直径は五十メートルくらいある。そこに木製の棚が整然と並べられ、武器や防具が陳列されているのだ。
 金は腐るほど持っているので、なんでも買う事ができる。俺は仲間たちを集め、好きな物を選ぶ様に言った。四人が思い思いの方向へ散っていく。
 俺は大きくため息をつき、四角いカウンターの中にいる美羅に話しかけた。
「ここに来るまで、長かったよ」
「そうだね」
「もう少しで日本へ帰れる」
「帰っていいの? アイリーンをつれていくのは無理だよ」
「えっ」
「当たり前でしょ、ラミアなんてつれていけるわけないじゃないの」
 それもそうだ。いくらなんでも無理がある。
「ゲームをクリアしたら、あの子ともお別れだね。最後にエッチしておけば?」
「う、うん……」
 俺はアイリーンを呼び、広さ六畳ほどの寝室に連れ込んだ。中にはダブルベッドが一つ置いてある。
 その上に全裸で寝転ぶと、裸の彼女が覆いかぶさってきた。しなやかな体をしっかりと抱きしめ、体温を伝える。
「アイリーン、もうすぐお別れだ」
「えっ?」
「ゲームをクリアしたら、俺は日本へ帰る。お前をつれていくわけにはいかない」
「どうして?」
「日本にはラミアなんていないからさ。行ったが最後、どんな目にあうかわかったものじゃない」
「悠真が守ってくれればいいじゃない」
「俺の力にも限界があるよ。まさか剣を持ち歩くわけにもいかないし」
 彼女の瞳に涙が浮かぶ。
「そんな……いつまでも、あなたについていきたいと思ってたのに」
 俺は彼女の髪を撫でつつ、別れずにすむ方法を考えていた。



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ガチバトル・イン・ダンジョン……49 

[ ガチバトル・イン・ダンジョン―山口さま]

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第四十九話・シンジの本気


 現在、塔の七階でシンジたちと対戦中だ。
 その部屋は天井から床まで黒い大理石でできており、壁に埋め込まれたランプが周囲を照らしている。
 彼らを追い詰めたと思ったが、簡単に仕切り直されてしまった。さすがはレベル52のパーティーだ。
 シンジが、ゴウとナオトに呼びかける。
「例の戦法でいくぞ、下がってろ!」
 二人がうなずき、その場から走り去っていく。なんだなんだ?
 やがて、部屋の中央にシンジだけが残った。まさか五対一で戦うつもりなんだろうか。
 彼が目を見開き、ガンを飛ばしながら言う。
「ここまで俺を怒らせたのはテメーが初めてだ。五体満足で死ねると思うなよ!」
「ああそうかよ、勝手に言ってろ」
 ブレイズサイクロンを放つと、彼は瞬時に移動してかわした。その頭上に文字が浮かび上がる。
「エターナル・ダークネス」
 って、部屋が暗くなってきたぞ。あれ、あれれ?
 ヤバい、何も見えない!
「ちょ、マジかよ!」
 叫んだ後、あわてて口をふさいだ。大声を出したりしたら、自分の位置を敵に教えている様なものだ。
 とにかく、このままじゃ何もできない。俺は小声でディアナを呼んだ。
「ディアナ、聞こえるか?」
 彼女の声が返ってくる。
「いるぞ」
「あいつの姿が見えるか?」
「ああ、はっきりとな。今は弓を作り出している様だ。一人ずつ射殺するつもりらしい」
「反撃できるか?」
「もちろんだ」
「よし、頼む」
 周囲は真っ暗だ。この状態で戦えるのは、「暗視」のスキルを持つディアナしかいない。
 次の瞬間、銀色の閃光が走った。続けてシンジの悲鳴が響く。
「があっ!」
 ディアナの矢が命中したらしい。おかげで、奴の位置を把握できた。よし、いくぜ!
 剣を構えて疾走したその時、輝く文字が前方に浮かび上がった。
「スターダスト・ジェノサイド」
 鏡の声が響き渡る。
「弓の全体技です、上に向かって盾を構えてください!」
 上空に白く輝く光の球が現れたかと思うと、すさまじい勢いで矢の雨が降り注いだ。どうやらスターダストの強化版らしい。
 軽傷で済んでほっとしていると、前方で白い文字が輝いた。
「ファントム・ストライク」
 さらに、ディアナの声が響く。
「やあっ!」
 直後に金属音が聞こえた。どうやら、シンジと交戦中の様だ。
 俺はイフリートブレードに火炎をまとわせ、彼に向かって突進した。剣の放つ光が周囲を照らしてくれる。敵に自分の位置を教えてしまうというデメリットもあるが、そんな事を言ってる場合じゃない。
 前方にシンジの姿が浮かび上がる。よし、今だ!
「らあああっ!」
 斬りつけようとした瞬間、銀色の文字が現れた。
「スクリュードライバー」
 彼の放った突きが、俺の左肩を貫く。激痛をこらえつつ、その顔面を真っ向から斬り下ろす。
「ぐああっ!」
 奴は武器を手放し、血飛沫を上げて後退していく。俺は刺さった槍を引き抜き、間合いを詰めて技を発動した。
「バースト・コンビネーション」
 真紅の光が連続で走り、彼の体を斬り刻む。ダメージは181、176、198、162。とどめに、その横を一瞬で払い抜ける。
 途端に大爆発が起き、シンジを炎が包み込む。ダメージは213。これで終わりだ。
「ぐわああっ!」
 その体が崩れ落ちると、周囲に元の明るさが戻った。エターナルダークネスが切れたらしい。
「とんでもない奴だったな」
 彼の前に歩いていって顔を見つめた瞬間、いきなり足を捕まれた。同時に文字が浮かび上がる。
「スキル『反転』発動」
 こ、こいつ……マジかよ!
 俺は一気に体の力が抜け、その場にへたり込んだ。代わりにシンジが立ち上がり、直剣を作り出して振りかざす。
「形勢逆転だな、死ね!」
 その頭上に、新たな文字が表示される。
「スキル『模倣』発動」
「バースト・コンビネーション発動」
 うおおお、やられる!
 瞬時に鉄壁のスキルを発動し、攻撃をしのいだ。真紅の閃光が次々と走り、最後に大爆発が巻き起こる。まともに喰らったら即死だっただろう。
 彼は一旦跳び下がり、急速回復を使った。反転の効果が切れたらしい。一方、俺も剣を構えて立ち上がる。
 ゴウとナオトも、武器を握りしめながら間合いを詰めてくる。また戦闘に参加するつもりらしい。
 それにしても、半端ない強さだ。どうしたら勝てるんだろう。
 途方に暮れていると、鏡が走り寄ってきて小声で言った。
「ご主人様」
「ん?」
「もう一度、シンジを瀕死の状態に追い込んでください」
「やってどうするんだ? たぶんあいつは、いくら追い込んでも無駄だぞ」
「普通にダメージを与えても無駄でしょうね。なのでソウルディバイドを使います」
「どんな技だっけ?」
「魂を両断し、一撃で息の根を止めます。ただし、弱った相手にしか効きません」
「復活のスキルで生き返るんじゃ……」
「魂を破壊してしまえば復活は不可能です」
「わかった、やってみる」
「ありがとうございます」
 イフリートブレードを構え、シンジに狙いを定めた。かなり厳しいけど、がんばるしかない。
 さあ、今度こそ仕留めてやる!


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魔王に抱かれた私……48 

[ 魔王に抱かれた私――優美香]

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48、「呪術」発動・1


 エレーナ女王が目を覚ましかけた時、陽射しが強くなっていた。さきほどから何度か、廊下の方から扉を強めに叩く音があり、それが彼女の眠りを妨げた。
「エレーナさま! エレーナさま!」
 侍女の声だ。女王は眉をひそめ、ベッドから身を下ろす。自分の体を見ると、隅々までレフティがつけたキスマークが散らばっていた。「カインには渡さない」彼は言いながら、何度も痛みと、同じくらいの強さの快感をくれた。
 今もまだ体内に、彼の体の一部の感触が残っているような気がする。
 エレーナは身にシーツを巻きつけ、扉へと向かった。重い扉を開ける気はなかった。その代わり、強い口調で返事をする。
「レフティ以外の人間には会わないと言ったはずです」
 すると扉越しに、半ば悲鳴のような侍女の声が聴こえる。
「クーデターが起こっているのです!」
「冗談は止めなさい! そんなもの、ルーンケルンに起こる訳がないでしょう」
 侍女は多分、こちらを部屋から出すために虚言を吐いている。エレーナ女王はそう思い、鼻先で笑った。しかし、次の瞬間に彼女の耳に飛び込んできたのは、父の代から宮中に仕えている男の声だった。
「侍女は嘘は申しておりません。お体の具合が悪いのは致し方ありませんが、女王さま自らが指揮を執られる御心積もりはございませんか」
「えっ……」
 エレーナは、それきり動けなくなった。嘘ではなかったのか、と。
「わ、わかりました。今、着替えます。宮中にいる臣下を会議場へ集めていただけますか」
「御意に」
 彼女は急がねば、という気持ちと同時に、不思議な屈辱感を味わっていた。少なくとも父が存命中ならば、こういったことはなかった。
「どうしてわたしばかり、こんな目に」
 エレーナの視界が滲んでくる。まばたきをすると、涙の粒が床に転がる。いつかカインが教え諭してくれた言葉が、脳裏をよぎった。
 ――レフティを指揮なさるのがエレーナさまなのですよ。
 ――彼は有能な軍人であり、あなたの忠実な臣下です。ですが、それに甘えてはなりません。
 彼女はブラウスのボタンをはめながら、つぶやきつづける。頭の中は、カインが帰国してからずっと、混乱状態から治まっていない。

 あなたはわたしを裏切っていたの? 本当に、レフティの言う通りの禍々しい「魔王」だったの?
 カイン。
 あなたに行かないでと願ったわたしを、許してください。傷つけた言葉を言ってしまった、わたしを許してください。
 わたしは、あなたに甘える資格を失ってしまいました。

 頬の涙を拭い、着替え終わったエレーナが扉を開ける。侍女と、父と同じ歳ほどの臣下が頭を下げた。
「もう、皆が集まっております」
「わかりました」
 彼は肝心の女王が来ないことに、業を煮やしていたのだろう。彼女にも、その程度の想像はつく。
 エレーナは眩暈がしてきた。今の自分が臣下たちをまとめ、国家を導くことができるのだろうか? 自然と言葉が口をつく。
「レフティは?」
「港に鎮圧に向かっております」
 女王は足元が崩れるような気がした。本当に、こんな時に自分を支えて導いてくれる人が誰もいない。
 彼女は動揺を悟られぬよう、注意深く老臣を見据えた。
「わかりました、会議で詳しく伺います」

 議場に入ると、既に宮中にいる人間のほとんどが集まっていた。この場にいないのは門番程度のようだ。エレーナの見慣れた顔が、あちこちに見える。誰もが不安そうな表情を隠せない様子だった。
 女王の耳に、ひっそりした刺を含む声が聞こえてくる。
「……なんだ。お元気そうじゃないか」
「デメテールさまも、男子を後継者にしておけばよかったのに」
「エレーナさまでは動乱を治めきれないよ」
 自分を軽蔑されるのはいいが、父を貶められることは許したくない。しかし、今は為す術がない。すべては自分が招いたことだ。彼女は唇を噛みしめ、顔を上げた。
「ここに軍閥の人間はいますか?」
 エレーナは必死で声の震えを抑える。
「誰か、これまでのことを説明できる者はいないのですか? どんな些細なことでも構いません、起こった順番から、整理立てて考えられる糸口がほしいのです」
 議場の後方、ためらうように幾つかの手が上がる。
 エレーナには共にエディットに向かった料理人のロニーと、名前は知らないが、カインと仲が良かったリネン係の女性がいるのがわかった。
 エレーナは藁にもすがるような思いで、ロニーを見つめて頷いた。
 彼は「わたしは軍人とは違いますが」と前置きをして、軽く咳払いをする。
「構いません、できるだけ多くのことを知りたいのです」
「御意に。今回のことは前触れらしきものは、ひと月前ほどからありました」
 議場にため息が起こり、皆が彼に視線を移した。
「ひと月、と言うと?」
「ええ。『剣の儀式』が終わった頃からです」
 ロニーは言葉を続ける。議場にいる者たちは、彼を注視していた。ロニーの話によると、その頃から検疫所周辺では小さな諍いが多発していたらしい。
 商人たちに融通を利かせる役人と、役人に嫌われていた交易商人や、真面目に東の国に渡って働いていた職人や鉱夫は緊張状態だった。
 レフティは港湾軍人たちが宮中に上がって報告をする際に、「堅苦しい」という理由で時折だが食堂を使っていた。彼なりに、部下たちの激務をねぎらうつもりもあったのだろう。その折り、しばしば料理人たちは、レフティを含めた軍人たちの話を耳にしていた。
 国の機密事項に触れるかと慮ったロニーは、料理人や食器類やカトラリーを管理するスチュワードにも「食堂内で見聞きしたことは口外するな」と命じていた。が、剣の儀式からロニー自身に漏れ伝わってくる噂話にしては、妙に生々しくて不気味な予感がする軍人たちの話が多くなっていたのだ。
 エレーナは、ふと思いついてロニーに尋ねた。
「もしかして『剣の儀式』から、つい最近まで記憶が定かではないということはありませんか?」
 彼は多少、顔をしかめる。
「ええ、まあ。……でも、疑っていらっしゃるのですか?」
 女王は、あわてて手を横に振る。失敗した、と思った。今この場所で尋ねるべき話ではなかった、と。
「違うのです、ごめんなさい。なんとなく、わたしに届けていただく食事が変わったような気がして」
 ロニーは口からでまかせを言ったエレーナに、顔をほころばせた。
「さすがですね。味が違うと仰りたいのですね。一昨日まで熱っぽくて、なかなか厨房に入れなかったんですよ。皆に指示を与えるのが精一杯でして。……でも、そんな辛い体調の時に限って、軍人たちのキナ臭い話が耳に入ってきたんです」
 エレーナは胸をなでおろし、ロニーに頭を下げる。エディットに向かった者たちは、被害者かもしれないのだ。カインとエーベルに、それぞれ塗り替えられた記憶を持っているという点で。
 彼女が顔を上げた時、さきほど手を挙げていたリネン係の女性と目が合った。カインよりも少し前に宮中に上がってきた使用人であることは知っている。彼女の話を聞こうと思った時だった。
 議場の両開きの扉が乱暴に開けられた。エレーナ女王をはじめ、全員の視線がそちらに向いた。

 そこに立っていたのは剣を構えたレフティだった。
 彼の背後には、何百人という軍人が同じ構えで剣を振りかざしている。

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魔王に抱かれた私……47 

[ 魔王に抱かれた私――優美香]

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47、潮流・2


 レフティが裸のエレーナを組み伏せ、舌を絡め合わせるたびに、彼女の肢体は震えた。
 彼が大きく腰を打ち付けるごと、エレーナは細かくわななき鳴き続ける。レフティは彼女を征服している満足感をおぼえた。
 女王の切なげな喘ぎ声が重ね合わせて動く、下半身から聞こえてくる水音に加わる。彼はエレーナの右手をつなぎ、言葉をかけた。
「あなたは絶対にカインに渡さない。いいですね?」
 エレーナは頬を上気させながら彼の唇を欲しがり、頷く。
「わ、わかっ……。あ! ああ……っ!」
「心も体も、今日から俺のものだ」
「は、はぁ……ぁ、あぁっ! そ、そう。そうです」
 不意にレフティの脳裏に、フランの泣き顔が浮かんだ。フランはひどく悲しそうな顔をして、彼の耳元で囁いたような気がする。
 ――レフティさまは……エレーナさまを愛していらっしゃるのですよね。
 フランの幻を振り切るように、力強くエレーナの細い体に肉杭を打ち続ける。何度目かの射精で女王は、レフティの背中に両腕を回したままで気を失った。
 彼が気がつけば、夜明け前になっている。
 エレーナの肢体を貪るようなセックスは、彼の胸に達成感を残した。レフティは眠りに落ちた女王の額にかかる前髪を直し、そっとベッドを降りる。
 彼はシャツのボタンをはめながら、頬が緩んでくることを止められなかった。
「カイン。おまえに勝ったよ。女王の体は最高だ」
 ほくそ笑みながら窓のカーテンを半分開けると、明星が空に見える。彼には昇ってくるであろう朝日が、新しい日々を連れて来てくれるように思えた。

 しかしレフティの運命は、その日を境に濁流に飲み込まれて行くのだった。

 彼が夜明け前に食堂に入った時だ。
 レフティは大きなフロアに、自分ひとりしかいないことを不審に感じた。しかし、構わずに椅子を引いて座る。すると、その音に気がついた料理人が出てきた。
「レフティさま? 昨日の夕刻から、ずっと皆さまが探していらっしゃいましたよ?」
 彼は料理人に目を光らせた。
「どういう意味だ」
「詳しいことはわかりませんが、軍の皆さまは港に詰めていらっしゃるようです」
 レフティの頭に、検疫所での暴動が思い浮かんだ。
「港? 港ならルーンケルンに幾つもあるぞ?」
「それでレフティさまを、皆さんが探しておられたようですよ。今、宮中に、軍人は一人もいらっしゃいません」
 料理人は落ち着かない様子でレフティに答えた。
「わかった、軽くつまめるものをくれ。すぐに出る」
「御意に」
 レフティは素早く用意された軽食を腹の中に収め、食堂から飛び出した。現場の指揮から離れた時間を見計らうように「なにか」が起きたと思うと、居ても立ってもいられない。
 宮中の人間がくまなく自分を探すような大事
おおごと
の時、自分は一体、なにをしていたのだ。そう思う気持ちと同時に、女王を征服したことで新たに生まれている感があった。
「今の俺なら、なんでも思い通りに行く。そうに決まってるんだ」
 彼は自らを鼓舞するようにつぶやき続け、自分が撃たれた演習場へと馬を走らせる。そこなら高台でもあり、ルーンケルン国内の主要な港は見渡せる。それに、そこに行けば、信頼している部下と落ち合えるだろうという予感がした。
 レフティは急ぎ、馬を走らせて演習場に着く。部下の何人かが彼を振り向き、歓声を上げた。
「レフティさま! お待ちいたしておりました!」
 彼らの表情を見ると、まだまだ騒乱は続いているようだ。レフティは大きく頷き、声を張り上げる。
「今から俺が指揮を執る! 昨日からの状況を教えろ」
 部下たちの報告が次々に入ってくる。レフティは愕然とせざるを得なかった。
 交易商人の中でも、国に多額の税金を納めている男の娘が鉱夫の集団に殺害されたことは大事件だ。回りまわって、レフティ自身の責任も問われることになりかねない。
 それどころか夜明け前から、日頃、王室に不満を持っていた町民たちも国のあちこちで暴動を起こしていた。
 港から一時的に追放された商人や出稼ぎ鉱夫たちが、町に入り、自分たちに同意する人間を瞬く間に集めていたのが原因だ。ヒステリー状態にある彼らは寄ってたかって、抵抗できない人間を襲いはじめている。束になり、裕福な暮らしを営む人間の住居に投石をしたり、放火をしていたのだった。
 まるで誰かが、こちらがエレーナ女王と二人きりでいた時間を狙っていたかのように、町中では禍々しいことが起きていた。
 しかも不思議と、宮中の誰もが、自分が女王の部屋にいたことまで思い至っていない。
 ――昨夜までのことは仕方がない。であれば、これからどうするかだ。
 レフティは己を奮い立たせた。国土を見下ろせば、狭い平地のあちこちから煙が立ち上っている。
 夢で見た光景を思い浮かべた。転生のきっかけとなった、両親を無惨に殺害された夜の情景だ。レフティの心に憎悪と瞋恚の感情が湧き上がる。
「カインのせいだ……」
 ひとりの部下が「えっ?」と視線を投げかけた。レフティはそちらを睨みつけ、言い放った。
「魔王の呪いが発動してきたんだ! 俺だけは負けはせぬ!」
 レフティの周りにいた部下や軍閥の臣下たちは、皆が顔を見合わせた。彼らの多くは、ルーンケルンが遥か昔、魔王によって王族の血脈が途絶えそうになった歴史を知っていた。
 ひとりの臣下が尋ねる。
「レフティさまは、短時間で国内がこうなったのは彼らのせいだと?」
「当然だ。あんなに多くの人間を扇動できるのは魔族しかいない。しかも善行を積もうとしている『魔術師』には、これほどの力はない」
 彼は話しながら、周りの部下の眼差しが力強く変わっていくのを見定めた。ここぞとばかりに腹に力を込め、声を張り上げた。
「俺はこれから、暴動被害の一番ひどいところに入って鎮圧をする。心ある者は付いてこい。根こそぎ、無法者たちを捕まえて二度と日の目が見られないようにしてやる。魔王なんぞの呪いに、負けてたまるか」
 屈強な海軍軍人が、強く頷く。
「わたしたちも、お供いたします」
 彼の下には百ほどの部下がいる。レフティは満足そうに頷き、次々に臣下や部下たちの向かう場所の割り当てを決める。軍人のほとんどが、ルーンケルンの港の隅々まで配備されることになった。
「陽が落ちる前に皆で落ち合おう。暴動に加わった者全員をここに連れて来い。その場では殺すな。どんな些細な犯罪でも見逃すなよ? どこの国家でも、こういう時には盗みを働くヤツもいるからな?」
「わかりました」
 次いで彼はなにごとかを思いつき、凄惨な笑みを浮かべた。
「カインとエーベルも探し当てろ。おそらく国内からは出ていないはずだ。彼らをまとめて捕縛してきた者には、三階級特進を与えてやろう」
 臣下のひとりが「カイン」という意外な名前が出てきたことで、素直に驚く。
「カインさま、ですか? なぜ? エレーナさまの秘書官でもある方が?」
 レフティは顎を撫でながら、更に笑みを作った。
「解任されたよ。秘書官も護衛官も」
 臣下たちの目が丸くなる。
「二人を俺の目の前に連れてくればわかるさ。行くぞ!」
 レフティはそれきり、検疫所方面に馬を走らせる。引き締まった顔つきの大勢の男たちが、彼の後を追った。

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Author:ゆみか 
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